356 / 542

第360話◇「泣くなら」*大翔

「……もうほんと……」  黙ってた奏斗が、俯いて、それから、再びオレを見上げながら呟いた。 「え?」 「……ほんと、意味、分かんない」  眉が少し寄って、困った顔。  見つめていたオレの目の前で。   ぼろ、と奏斗が涙を溢れさせた。 「え」 「……っ……」  ボロボロと、零れ落ちていく涙。  こんなにまっすぐに、人の瞳から大きな雫が溢れ落ちてくのを見つめるとか、奏斗以外ではほんと無い。子供の頃は、見たことがあったかもしれないけど。 「かな、と?」  奏斗の頬に触れて、親指で涙をふき取る。ぎゅっと目をつむると、またそれによってぼろぼろ、涙が零れ落ちた。  なんだかたまらなくなって、抱き寄せて、腕の中に引き入れた。 「何、泣いてンの……」 「……わかんな……ごめん……」 「……謝んなくていいよ」  ひく、としゃくりあげる。  ていうか、何、本気で泣いてんだ。……どうしたんだろ。  ……ああ、良く分かんねえけど。  ぎゅ、と抱き締める。 「……オレのとこに居るなら、泣いてていいよ」  何で泣いてるのかは、分からないけど。なんとなく、奏斗の中がいっぱいいっぱいになると、泣く気がする。  今、何でいっぱいになってるかは、良く分かんねーけど。 「一人で泣いちゃダメだかんね」 「……そんな……っなかない、し……」 「ならいーけど」  ……あー、なんか。  可愛いな、奏斗。  …………ずっと、こんな風に。  張りつめてたのかな。  大好きな奴に、大好きだけど無理って言われて。家族ともそれが原因で離れて。誰にも言わず。  体の温もりだけ求めて、でも執着したくもされたくも無いから、一度きり。  誰にも、何も言わず、高校までの仲いい友達とも連絡を絶って、普段は大学で男にも女にもモテて、皆に好かれてて、楽しそうで。  でも、家であんな風に、小さく、座ってて。 「……あのさ」  オレの声に返事はしなかったけれど、少しだけぴく、と動く。 「覚えといて」  そう言うと、ふ、と困ったようにオレを見上げてくる。  新たな涙は零れてきてないけれど、涙で潤んだままの瞳で、オレを見つめる。 「側に居るって、ふざけて軽く言ってるんじゃないから」  そう言うと、また少し困った顔で眉が寄る。  オレは、ティッシュをとって、奏斗の顔を拭いた。 「はい、鼻かんで」  クスクス笑ってしまいながら言うと、奏斗は言われた通り鼻をかんで、ごみ箱にティッシュを捨ててから、ふ、と息をついた。 「……ごめん。なんか。……急に泣いて」 「何で泣いたか、分かってる?」  そう聞くと、しばらくして、奏斗は、小さく首を振った。 「分かんない……なんか急に、涙が出てきた」 「そっか。まあ、あるよね、そんなことも」  むぎゅ、と抱き締めて、そのままベッドに転がった。 「……四ノ宮、そんな風に泣くこと、あんの……」 「…………」  オレは、ねーけど。と思いながら。 「……あるかもしんないよ」  そう言うと、少しして、軽く息をつく気配。 「この話、急いでする必要ないし……今日はもう寝よ? もともと眠そうだったしさ」 「……うん」  なんかもう今は話せないと思ったのか、素直に頷いてる。 「おやすみ、奏斗」 「……ん。おやすみ」  そのまましばらく、そのまま。  でもふと、奏斗がもぞもぞ動き出して。 「……ごめん。泣いたりして」 「いいよ」 「……オレ、バカみたい。ほんと、ごめん。困るよな……」 「バカみたいじゃないし。……つか、可愛いから、全然いいよ」  ふ、と笑ってしまいながら言うと、奏斗は、可愛くないし、とまた困り顔。 「……泣くならオレんとこで泣いてよ。それなら、全然いい」 「――――……」  奏斗から返事はない。  でも聞いてるのは分かるから、オレは、なんとなく奏斗を抱き締めなおして、「寝ていいよ」と言った。  しばらくして、眠りだしたから、多分色々疲れてたんだと思うけど。  ……泣くならオレんとこで泣いてくれれば付き合ってあげられる。  他の奴の前では絶対、泣かないだろうから。  少しは、奏斗が泣いてもいいと無意識に思えるようなポジションには居られてるのかなと、いい意味で取ることにした。

ともだちにシェアしよう!