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第361話「二択なら」*大翔

 朝、奏斗は、普通だった。  普通にシャワーを浴びて、一緒に朝食をとって、学校に来て別れた。  泣いてたことに、奏斗は触れなかった。  奏斗が触れないなら、多分、何かしら考えてるんだろうから、 突っ込まない方がいいと思ったから、ごくごく普通に話して、過ごした。  じゃあね、と別れた後ろ姿を、なんとなく思い出す。  授業は一応聞いてるが、昨日の涙が浮かぶ。  ……あんなにボロボロ、泣いてさ。  自分で、涙が落ちたことをびっくりするみたいな顔で、オレを見たまま。  はー……なんだかなぁ、ほんと。  人の涙を見て、こんなに胸が痛いとか。  自分がそんな風になると思わなかったな……。  朝は普通に笑顔も見せてたけど……。  奏斗が泣いた理由。  ……なんだろ。  意味わかんない、て言った後、泣いてたよな……。  ……意味わかんない、か。  そのまま奏斗とはすれ違うこともないまま昼になった。授業が一緒だった皆と、食堂に向かって歩いている時。 「あ」  後ろでそんな声がして、なんとなく振り返ろうとした時、腕を取られた。  は? 思った瞬間、目に飛び込んできたのは、見たことのある顔。  あ、江川か。奏斗の高校バスケ部の後輩。 「つか、腕に絡むなよ、きもい」  言いながら腕を解くと、江川はめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。 「つーか、お前、ほんっと、ひどくない? オレはお前、探してたのにさぁ……ちょっと話せるとこ行こうぜ。当然、付き合うよな?」  前回はオレから誘ったが、今回は思い切り偉そうに誘われてしまった。  一緒にいた奴らには、ちょっと用事と言って別れて、江川に向かう。 「何?」 「何じゃないよ、もう……つか、飯。行こ」 「どこに」 「こないだんとこでいいよもう。ほら行くぞー」  江川に腕を引かれ、歩くから触んな、とか、ごちゃごちゃやりとりをしながら仕方なく、前の店に向かう。 「つかさー少しは会おうとしろよな」 「何で」 「お前……オレこないだ試合の後、先輩達と遊んでたんだからな、お前のせいでー!」 「……ああ」 「忘れてたとかじゃないよな……」 「いや、忘れてなかったけど……ほら、直で会ったから、もう大体のとこ分かったし。行かなくていいって言っただろ」 「お前ふざけんなよ、あの時点でオレ、もう頼みこんでたんだから、無理に決まってんだろ、あー、もう、ムカつくな、ほんと」  そう言いながら店のドアを開けて、中に入って、店員に「二人です」と告げてる江川。  案内してくれた店員の子にありがと、と言って座る。その子が離れて行ってから、江川はため息をついた。 「お前、まずオレに礼を言えよ」 「……はいはい。サンキューな」 「……蹴っていい?」 「まあ、冗談。ありがとって思ってるよ」 「……忘れてただろ」  忌々し気にオレを睨みつつ、江川は苦笑い。 「忘れては、ない」  ただあれから色々忙しかったし、和希本人にも会えたし、そんなに優先事項が高くなかっただけだな。 「……それで? 何か、話した?」 「話したよ。……つか、結構話した。カラオケとかもいったけど、途中抜けて、二人でも話した」 「なんだって?」 「んー……あ、とりあえず頼も」  言いながらメニューを広げるので、二人で注文を済ませた。 「まあさ、後悔してるね。別れたこと」 「……ふぅん」 「もうそれは、痛いほど分かった」  そこについては、否定する気も起きないからただ頷く。  ……でも、やっぱり、奏斗が苦しんでるのも何も知らずに、ただ後悔してるって言われたって、同情する気にもなれないが。  ムッとしてるのが分かったんだろう、江川がオレを見て、困ったように笑った。 「……四ノ宮はさ、カズ先輩のことが、許せない?」 「――――……オレが許す許さないの話じゃないけど」 「そうだけどさ……敢えて聞いてる」 「…………その二択なら、許せない、しかねえな」  そう言うと、江川は、苦笑いで、そうだよな、と頷く。  少し考え深げに黙って、それから顔をあげて、オレを見つめた。

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