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第362話「ノンケ」*大翔

「……自分のこと、ノーマルだと思ってる……というか、思いたがってる、かな。しかも、高校生の時にさ」  江川がそんな風に話し出した。 「でも、一人のことがすごく好きで、そういう関係になったけど、ゲイってことに悩んでて……人にバレたり、そのタイミングで引っ越して物理的に離れられるってなった時にさ」 「――――……」 「高校二年の子供に、ずっと一緒にいようなんて、言えるような奴。居ないんじゃないかと、オレは、思ったかな……」 「――――……」 「……なんとなくオレは、カズ先輩が、カナ先輩と話したほうがいいのかなーって思った。よりを戻したいとか、そんなことまでは言ってなかったよ。ただ、話したいって言ってたしさ」 「……お前は、奏斗が、好きなんじゃねえの?」  オレが声を潜めてそう聞くと、江川は、んー、と苦笑い。 「好きだよ。カナ先輩のことは。ただ、カズ先輩とか四ノ宮みたいな、強い気持ちじゃないかなって。なんか二人と会って、思い知らされたというか。二人押しのけてまで、どうにかなろうっつーのは、無いみたい」 「――――……」 「……でも、かなり、好きだし。幸せになってほしいって、思ってる」  思ったことは全部言うタイプ。な気がする。  嘘も無さそう。 「分かった。……会うかどうかは、奏斗次第だけどな」 「ん。そうだろうね……まあ詳しいことは聞いてないけど、あんなに後悔するような別れ方、したんだろうし。それでカナ先輩、部活の皆とも連絡絶ったりしたんだろうしさ……」  そこまで言って、江川は、眉を寄せた。 「つかさぁ。カナ先輩が、人と連絡絶つとかさ。よっぽどだかんね」 「……」 「四ノ宮は分かんないだろうけど、皆とほんと仲良くてさ。皆、カナ先輩のこと、好きでさ。カナ先輩だって人と仲良くすんの大好きな人だったのに。もうほんと、誰よりも、音信不通なんてしない人だって思うのにさ」 「……昔知らないけど、今だけ見てたって、分かる」 「……まあ、そっか」  二人で、何だか口をつぐんで黙ったところに、食事が運ばれてきた。  店員が居なくなって、食べ始めてから、江川はオレに視線を向ける。 「もしよりが戻ったら、今度こそ、大丈夫なんじゃないかなって少し思った」 「――――……」 「ノンケのまま、うやむやにじゃなくて、今度こそ、覚悟して付き合えるなら、って。お互い大好きだったのは、もう揺るぎない感じだったし」  江川の言葉に、オレは黙って、食事を口に入れる。  ……今言ってることは、分からなくはない。  もう三年くらい、離れてても、お互い忘れられないくらい、多分好きって想いは、すごく強かったんだろうし。  もしも、もう一度、付き合うって決めるなら、その時は、前よりももっと覚悟して……。そこまで考えて、でもやっぱり納得いかなくて、眉が寄ってしまう。気付いた江川が、食事を止めて、オレを見つめる。 「……四ノ宮は、嫌、だろうけど」 「――――……」  少し困ったみたいに言う江川に、オレは、息をついた。何も言葉に出なくて、食事を続ける。  ――――……嫌に決まってる。  奏斗をあんなに傷つけた奴に、奏斗を渡すなんてしたくない。  オレが、大事に、守っていきたい。笑わせてたい。  奏斗……オレを、好きになれば、いいのに。  そんな思いが唐突に、自分の中に浮かんだ。 「まあでも……一度そんな風になってる訳だから、カナ先輩が拒否するかもしれないし」    オレへのフォローなのか、そんな風に言って、江川は苦笑い。 「そんな怒んないでよ」 「……怒ってはない。奏斗が決めることだし」 「じゃあ……カズ先輩になんか渡したくないって感じか」 「――――……」  こいつ、ほんと。 「江川って」 「ん?」 「……嫌なタイプだよな」  言ったオレに、江川は目を見開いて、はー?とあきれ顔。 「何それー、そんなこと面と向かって言われることないんですけど!」 「自分のことも隠さねーけど、人のことにも敏くて、それも隠さないっつーか」 「……まあ。オレがあれ言ったから、あの二人別れちゃったのかもしれないから、反省はしてる……」  はー、とため息をついてる江川に、オレは、少し黙ってから。 「……多分江川が何も言わなくても、別れたと思う。背中押した程度だろ。悩んでたのは、きっと、もっと前からだろ」 「……あ、フォローしてくれてる?」 「フォローじゃなくて、そう思う」 「フォローじゃない訳ね。……おもしろ」  江川はクスクス笑って、オレを見る。 「さっきさぁ」 「?」 「……カズ先輩や四ノ宮みたいに強い気持ちじゃないってオレが言った時、否定しなかったね」 「――――……」 「こないだ話した時は、恋愛か分かってなさそうだったけど……自覚、した?」  ふ、と笑って、オレをまっすぐ見つめる、  あー、ほんとこいつ……。 「――なんで誰より先にお前に言わなきゃいけない訳」 「っはは。そりゃそっか」  面白そうに笑って、江川は食事を再開する。 「まあ、あれだよね。四ノ宮もノンケだろうから……カナ先輩はなかなか受け入れないだろうし。前途多難だろうな」 「――――……」 「睨むなよ」  めちゃくちゃ苦笑いで笑ってから。 「応援してやるよ。しょうがねえから」 「――――……いらね。江川に応援されると拗れそう」  少し考えた後、そう言ったオレに、江川は、はぁ?と変な声を出した。 「結構好きな気持ちはあるオレが、応援してやるって言ってやってんのに、マジで四ノ宮、どこが優しくて完璧な王子なの、どーやって猫かぶってここまできてンの?」  ぶーぶー続けざまに喚いている江川に、「王子とか呼んでって言ったことは一度もねーよ」と漏れて、ちょっとため息。 「あと、今までそういう相手がいなかっただけで、ノンケって認識もねーよ、オレ」  そう言うと。「へえ」と、江川は面白そう。 「それ、いつか、カナ先輩に言ってあげたら? ノンケの気まぐれ―とか思ってそうだし」  「さあ。……どうだろうな」  ……やってることは、もう全然ノンケって感じはしてねーだろうけど。  オレ、奏斗に触りすぎ、キスしすぎ、絡みすぎ、だし。……気まぐれ、か。思ってんのかな。奏斗。  そういえば奏斗との間で、ノンケって言葉は出た気がする。 「まあ、ほんと。頑張って。カナ先輩が幸せになるなら、お前でもいいよ」 「……偽物の王子なのに、か?」 「うん。まあ。……むかつくけど、嫌いじゃない。つか、こんなにカナ先輩のことで一生懸命だしさ」  クスクス笑う江川に、ほんとこいつも、やっぱ人が好いな、と苦笑い。

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