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第363話「初恋かよ」*大翔
◇ ◇ ◇ ◇
昼、江川と話して別れ際。
カナ先輩が幸せになれるなら、オレは協力する。なんて言われて別れた。
そのまま午後も色々考えながら迎えたゼミの時間。今日は、明日からのゼミ合宿の事前の説明。
今回のゼミ合宿の主なテーマは「起業」。
学生時代に起業した卒業生たちが来てくれて、話を聞かせてくれたり、質問を受けてくれたりもするらしい。
どんな人が来るとか、そんな簡単な紹介を聞きながら、見えるところに座ってる奏斗を、なんとなく目に映す。
入ってきた時は、二年の先輩達と来たから、すごく楽しそうだった。
この人が、一人で小さく座ってるとか、突然泣くとか、絶対誰も思わないだろうなぁと、思うくらい。
……奏斗は、キラキラしてて、楽しそうに見える。
でも、オレは。
昨日の泣き顔が、よみがえってしまう。
何で泣いたんだろう。
……ボロボロ、溢れた涙。
意味が分かんないって。
……意味が分かんないと、泣くほど嫌なのかな。
さっき江川と話してから考えていたけど、ノンケだからどうとは言われてないかな。なんか、男に興味ないとか、そんな話はしたような気がする。別に、今でも男に興味がある訳じゃないが、奏斗のことだけ特別。だから、そもそも、男同士がどうとかはオレには関係ないんだよな。
もともと完全に男が対象外なら、オレは今こんな風になっていないと思う。奏斗だけだとしても、奏斗には興味がある、てことだから。男がどうとか、ゲイがどうとかは、関係ない。……つか、もう普通の興味、どころじゃねえし。
今度話せる時があったら、話すか……。江川のアドバイス通りっつーのもなんかシャクだけど。
そんなことを思いながら、椿先生の方を見て話を聞いてる奏斗を、なんとなく目に映す。
泣いた、理由。
……和希のこと、思い出した、とか?
……オレの前で泣いてくれるなら、慰めてやれる。
そう思うけど、やっぱり、泣いてる顔より、笑ってる顔が見たいよな。
遊園地の時とか、楽しそうでほんと、良かった。
あんな顔で、ずっと、笑ってられるようにするには、どうしてあげたらいいんだろ。
ゼミは、早めにお開きになった。
まあ明日もあるし、そうなるだろうとは思っていたけど。
皆でなんとなく話しながら正門前で立ち止まり、椿先生と別れて、駅に向かって皆で歩き出す。なんとなくこういう時は、学年ごとに並ぶことが多い。学年が混ざることももちろんあるけど、今は奏斗は、少し前方で楽しそうにしてる。
駅の手前で、オレと奏斗が足を止めると、皆が「じゃあお疲れー」「明日向こうで」と口々に言いながら手を振る。皆が改札に入っていくのを見送ってから、「帰ろ、奏斗」とオレが言うと、奏斗は、ふとオレを見上げた。
「……当たり前みたいに、こうやって一緒に見送らなくてもいいんだけど」
「んなこと言ったって、今日は皆もご飯行かないし。帰るしかないでしょ」
苦笑いで言うと、もー、と奏斗は少し膨らんでる。
「ただでさえ明日、四ノ宮と一緒だからって、ほんと仲いいねとかいろいろ言われてんのに……」
ブツブツ言いながら、奏斗が歩き始める。その奏斗の隣に並んで、奏斗を見下ろす。
「いいじゃん、仲いい、で」
「……良くないって言ってる意味、知ってるだろ」
「知ってても、いいじゃん、て言ってるんだけどね、オレは」
そう言うと、奏斗は、む、と口を閉じて、それからオレから目をそらした。
「ほんといつか困っても、知らないから」
「何があったって、困んないけど」
「……」
はー。もう。と呟いてから、オレをチラッと睨む。
んー、と首をかしげて、そのまま、なんか、膨らんでる。
「……もーいいや。早く帰ろ」
「ん。ごはん、何か食べたいものある?」
「……あのさ」
「うん」
「ごはん一緒なのは確定、みたいなのも……やっぱりどうかと思うんだけど」
「今更。お互い家で食べるなら一緒で良くない? オレのごはん、好きでしょ?」
「……」
「美味しいよね?」
「……美味しいけど…」
「オレは、奏斗がずっと食べてくれてたら嬉しい」
「――――……」
オレの言葉に奏斗は、何も言わない。
少しの間黙ったまま並んで、歩く。
「とりあえず、今日は何食べたい?」
「――――……」
「食後にコーヒー淹れてよ。で、今日は早く寝よ? 合宿の準備は完璧?」
「ん……あと少し」
「ん、じゃあ、早く帰って、今日は簡単なものにしよっか」
「……パスタは?」
その言葉に、食べたいものを言ってくれた、イコール、一緒に食べることは決定して、オレは自然と口元が綻ぶのを感じる。
「いいよ、それなら買い物行かなくても作れるし」
「……ん」
パスタ、か。
……前、椿先生のところで資料探し手伝った後食べたきりだっけ。何作ろ。
「あ」
奏斗がぱっと顔を上げて、オレを見た。
「パスタで思い出した。椿先生から貰ったお金、オレまだ持ってる。財布のこっち側に入れてて」
財布を取り出して、二重になってる後ろ側の方に入ってる五千円札を見せてくる。
「あぁ。そういえば。忘れてた」
「これ、四ノ宮に渡そっか」
「ん? 何で?」
「なんかいつもごちそうになってるし。材料費。つっても、五千円の半分は四ノ宮のだけど」
苦笑いの奏斗に、オレはクスクス笑ってしまいながら、首を振った。
「それは今度、何か美味しいもの食べに行こうよ」
「でも」
「しまっといて。そっち楽しみにしてるから」
「……ん」
思いがけず、出来た食事の約束に、何だか心が逸る。
……何だかなぁオレ。こんなこと位で喜んでるとか。
初恋かよ? と自分に突っ込んでしまう。
(2023/7/28)
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