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第384話「怒ってる?」*大翔

 スリッパをはいて、ドアを開けると、少し先に奏斗が見えた。 「ちょっと待って」  静かな廊下で、奏斗だけに聞こえる程度の声でそう言ったら、奏斗が振り返る。振り返った瞬間、口が、む、という形。  絶対なんか怒ってる。さっきのは助けたんじゃん。  何で怒んのかなもう……。  近づいて、奏斗を見下ろす。目が合わない。違う方見てるし。 「奏斗、少し話したいんだけど」 「……何を」 「少しでいいから。あっち行こ」 「どこ?」 「いいから来て」  奏斗が向かおうとしていたいくつも個室トイレがある普通のトイレじゃなくて、昼間佑と入った、来客用っぽい個室トイレに向かう。やたら広いし、大と小に別れてて、別に二人で入ってても、まあ別にそんな不自然じゃないし。さっき佑と入ってた感じだから、別にその感じで入れば気にしなくていいよな。奏斗を連れこむのにちょうどいいなと思ったトイレに、オレは奏斗を連れてきた。 「何ここ。こんなトイレあったんだ」  オレがカギをかけると、え、と振り返ってくる。 「カギ閉めててオレ達で出ていったら変だから、閉めないでよ」 「さっき佑ともここに二人で入って話してた。別に普通だから平気。それよりさ」  奏斗の顔を覗き込むと、またなんか、唇が尖るというか。少しなんだけど、そんな表情。 「奏斗、何でさっきからムッとした顔すんの?」 「そんなの、してない」 「してるし。オレ、なるべくあんたに近づいてないし、離れてあげてるじゃん」 「……うん。まあ。ありがと」  俯く。 「さっきのも、すげームカついてたけど、それ出さないで隆先輩止めたでしょ」 「手、すごい力入れてたよな」  言われて思わず苦笑い。 「えーと。まあそれはちょっとは。あんたんとこに行かないように押さえたけど。それで怒ってんの?」 「……別に。あれは、ありがと」  なんかはっきりしない。  あれは、ありがと、ってことは、何か別のはやっぱり嫌ってことだよな。 「何、どうかした? オレ何かした?」 「……どうもしない」  思わずため息が漏れそうな気分。 「ていうかさ。風呂場で腰触られてヤバい声出してたりさ。キスされたりさ。もうちょっと気を付けてよ。ほんとに」  そう言うと、何とも言えない顔でオレを見る。 「キスは確かに不意打ちすぎて。……ていうか、別に今更キスされた位」  その、また卑屈なことに続きそうな言葉にイラっとして、奏斗の顎を挟んで、上向かせた。 「ダメ。今更とか言わない。キスされたくなかったでしょ」 「……うん」 「じゃあ、そういうの言わない」 「――――……」  むう、とまた黙ってしまった。ぶに、と頬を潰したまま、また上向かせると。 「大体、変な声出たのは」 「ん?」 「お前のせいじゃん。変な風にキスしたりして、触ったりするから」 「――――……」  ……あ。それ、やっぱりオレのせいなの?  キスして、触ったりしたから、敏感になっちゃってたのかなとか、都合いいこと、確かに考えたけど。  え。ほんとにそうなの?  ……なんかそれ。すげー、可愛いんですけど。  頬を掴んでた手を離して、ぐい、と引き寄せた。至近距離から見下ろす。 「オレが触ってたから、感じやすくなっちゃってたってこと?」 「は? っ……っなこと言ってないし」 「言ってるのと同じじゃん」 「……っ」  クスクス笑うと、奏斗は、自分の言葉の意味に気づいたのか、かぁっと赤くなった。気付かず言ってたのかと思うとますます可愛い。 「それはごめんね? あんなとこで中途半端に触って」 「……っっ」  むかつく、という顔で睨まれるけど、そんな赤い顔で睨まれたって、可愛いだけだし。  

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