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第388話「明日まで」*大翔

「せ、んせい……?」  奏斗はもう怪しさしか感じないような声で呼んでいるけれど、椿先生はパッと見、けろっとした感じでオレと奏斗の顔を見た。  この人、いつから居たんだろう。今来た、みたいな感じではあるけど。 「あの部屋を出る時、ユキくんがお腹痛くてこもってるって聞いたから大丈夫かなと思って声をかけにきたんだけど……四ノ宮くんが居たなら大丈夫だったね」 「あ、すみません、わざわざ……」 「いいよ。もう平気?」 「はい」 「四ノ宮くんもありがとうね」 「あ、いえ」  先生の言葉に短く返事をしながら、とりあえず奏斗もオレもトイレを出た。  オレは、椿先生と、その隣で普通を装って頑張ってる奏斗を、後ろから眺めながらついて歩く。  ……先生がいつから居たかは分かんないし、もし会話聞かれてたとしても、この人は何も触れる気もないみたいだから……もはや考えない方が良いって感じだな。どっちにしても、オレ達への対応に何も変わることはなさそうだし。オレはそんな感じで落ち着いたのだけれど、多分奏斗はそうはいかないんだろうなと思いながら、椿先生の普段通りの顔を後ろからなんとなく眺める。 「僕は受付に寄って声かけてから帰るけど、薬とかほしかったら聞くよ?」 「ぁ、もう、大丈夫です」 「ん、分かった」  ……あーあ。普通にトイレ行ってただけって感じで居ればいいのに。  なんだかすごく、きまりが悪そうな受け答えの仕方。そういうとこは奏斗は素直すぎるくらいで。しかも相手、椿先生だし。……何か勘ぐられないかなと思いながら歩いて、受付のところで先生と別れた。  二人になって、しばらく無言で、部屋に向かって歩く。オレが無言だった理由は、奏斗が、話しかけるなオーラを分かりやすく振りまいていたからだけど。  しばらくして、奏斗が、は、と息をついた。 「……変に、思われたかな……」  何だかすごくゆっくりと奏斗が言う。思う通りに、そうだね、とは言えない。言ったら、めちゃくちゃ慌てそう。 「大丈夫じゃないかな」  そう言ってはみたけど、奏斗は勿論そうは思っていないみたいで、はあ、と大きくため息。 「とにかく、絶交」 「は?」 「明日まで絶交する」  じろ、と睨まれて。  絶交ってまた小学生並な発言が……いやちょっとまって、絶交って嫌なんですけど……と固まってる間に、奏斗は、先に部屋に入って行ってしまった。  ふ、と息をつきながら中に入ると、奏斗は皆に、大丈夫?とか聞かれてる。  オレは一応、隆先輩を探すと、部屋の端っこの方の布団で、爆睡中。  ちょっと呆れつつ、オレは佑の近くに歩み寄る。 「おかえり。先輩、平気そう?」 「ああ。もう平気そう」  オレがそう答えると、佑は、皆と笑ってる奏斗を見て、そうっぽいね、と笑いながら、オレのスマホを差し出してくれる。 「サンキュ」 「うん。居ない間に、寝るとこ決まったよ。大翔、そこ」  佑が座ってる布団の隣を指さされる。 「ああ、了解」  なんとなく疲れたので、スマホを枕の横に置いて、布団の上にうつ伏せで横になる。 「オレも倒れよ……」  おんなじ感じで、隣に寝転がる佑。 「ずっとゼミの授業って、結構疲れるよなー」  とぼやき始める。 「いつ話振られるか分かんないしさぁ。ずっと気ぃ張ってんの疲れるー」 「すげー分かる」  クスクス笑いながら、ふと奏斗の方になんとなく視線を向ける。  奏斗の布団は、出口に一番近いところ。相川先輩が隣で奏斗は端なので、まあ大丈夫か、となんとなく安心しつつも、さっきの奏斗の顔と「絶交」の二文字が浮かぶ。  ……しくじったかな。  だって、すげー可愛かったんだもんな。……そりゃ、触るよな。あれは仕方ない。  まあ、絶交は明日までって言ってたから、まあいっか。……つか、「明日まで絶交」とか。可愛いよな。  反省してるようなしてないような良く分からない自分の思考に息をついて、枕に突っ伏した。

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