397 / 542

第403話「リクさんと」1*奏斗

 マンションの前でトランクから荷物を受け取ると、先生が運転席に戻った。助手席の窓が開くので、中を少し覗き込む。 「ありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」 「うん、またね、ユキくん。アップルパイ、ごちそうさま」  いえ、と笑顔で頷くと、軽く視線を合わせてから、先生の車が発進した。  それを見守って、ふう、と息をついた。   話せてよかった気がする。  何かの結論が出たとか、変わったとかじゃないけど。……何だかすこし楽になった。四ノ宮と二人きりで帰ってきてたら、こうはなってなかったんじゃないかな。  四ノ宮の部屋の前を通り過ぎて、自分の部屋の鍵を開ける。  帰ってたら連絡来そうだから帰ってないんだろうな。  ――――……リクさんとこ、行ってきちゃおうかな。  四ノ宮に言うと何か色々面倒な気がするから、事後報告にしちゃおう。ていうか言わなくてもいいかな。そう思いながら、合宿の荷物を片付けて、洗うものだけ洗濯機で回した。  クラブに電話して、リクさんが居るのは確認。訪ねてもいいかも確認して、アップルパイを持って家を出た。乗り継ぎが良くて、早めについて店に入ってまっすぐ、リクさんの居るカウンターに向かった。 「ああ、ユキくん。こんばんは」 「こんばんは。今、平気ですか?」 「うん。いいよ。どうぞ。何か飲む?」 「あ、リクさん、何か作ってもらえますか?」 「夕飯?」 「夕方、色々つまんでたので、そんな空いてないので、軽いのでいいんですけど」 「サンドイッチとかにする?」 「あ、はい」  接客しながら軽食を作ってもくれるのでそれを頼んで、リクさんと話す時間を取ってもらう。 「リクさん、これ、合宿のお土産です」 「お土産?」 「アップルパイ。家族に買ったんですけど、リクさんも好きだったの思い出して」 「よく覚えてたね。そういえば話した気がする」  クスクス笑いながら、ありがとう、と受け取ってくれた。 「色々、お世話になりました」 「――――……」  リクさんは、ふ、とオレを見て、それから、クスッと笑った。 「お別れ、みたいな言い方だね?」 「……多分、しばらくは来ないと思うので、挨拶に来ました」  サンドイッチを作りながら、リクさんが「なるほど」と頷く。 「まあでも、いいかもね」  リクさんはそう言って笑うと、顔を上げてオレを見つめた。 「ユキくん、好きな人、出来た?」 「え。……そういう訳じゃないんですけど」 「あれ? 違うの?」 「好き、とかじゃないんですけど……」 「そっか」  頷きながら「まあそれでも、やっぱり、いいと思う」とリクさん。 「正直、ユキくんさ、前来てた時とはもう全然違うんだよね。知らない男に触られるの、今は嫌なんじゃない?」 「――――……」  お見通しなリクさんに、オレは答えられず、ただ見つめてしまったら、ふ、と笑んで、また手元に視線を向けた。 「前は、そういう関係を楽しんでる……というか、それを求めてるように見えたから、良さそうな人をお薦めしたりしてたけど。今は違うように見えるから」  オレの周りって。なんか……敏い人、多すぎないだろうか。  苦笑が浮かぶ。 「昔――――……オレのことは好きだけど、男同士だから無理……て言われたことがあって」 「へえ。……まあ、そういう人も居るかもね」 「だからもう、好きな人なんか作らずに、たまに遊ぶ関係でいいやと思ってたんです」  そう言うと、リクさんは、そっか、と苦笑い。 「理解できた気がする。……ユキくん、好きな人以外は嫌だ、とか言いそうなタイプに見えるのにって、ずっと思ってたんだよね」 「……あ、でも、ああいう関係が、オレを助けてくれてたのは、間違いないんですけど……」 「嫌だなと思うなら、それに従った方がいいだろうね」  はいどうぞ、とサンドイッチとおしぼりを差し出してくれる。 「美味しそう。頂きます」  手を合わせて、食べ始めると、「飲み物は? お茶で良い?」と聞かれて、頷く。 「今日は四ノ宮くんは?」  そう言われて、顔を上げる。 「どうして、四ノ宮、なんですか?」 「どうしてって……」  そこで止まって、リクさんがクスクス笑う。 「四ノ宮くんが黙って、ユキくんをここ一人で来させる気がしないから、かな」  その言葉に、なんとなく黙ったまま、サンドイッチを頬ばる。 「美味しいです」 「そ? よかった」  ふふ、と笑って、リクさんはお茶も置いてくれた。

ともだちにシェアしよう!