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第403話「リクさんと」1*奏斗
マンションの前でトランクから荷物を受け取ると、先生が運転席に戻った。助手席の窓が開くので、中を少し覗き込む。
「ありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」
「うん、またね、ユキくん。アップルパイ、ごちそうさま」
いえ、と笑顔で頷くと、軽く視線を合わせてから、先生の車が発進した。
それを見守って、ふう、と息をついた。
話せてよかった気がする。
何かの結論が出たとか、変わったとかじゃないけど。……何だかすこし楽になった。四ノ宮と二人きりで帰ってきてたら、こうはなってなかったんじゃないかな。
四ノ宮の部屋の前を通り過ぎて、自分の部屋の鍵を開ける。
帰ってたら連絡来そうだから帰ってないんだろうな。
――――……リクさんとこ、行ってきちゃおうかな。
四ノ宮に言うと何か色々面倒な気がするから、事後報告にしちゃおう。ていうか言わなくてもいいかな。そう思いながら、合宿の荷物を片付けて、洗うものだけ洗濯機で回した。
クラブに電話して、リクさんが居るのは確認。訪ねてもいいかも確認して、アップルパイを持って家を出た。乗り継ぎが良くて、早めについて店に入ってまっすぐ、リクさんの居るカウンターに向かった。
「ああ、ユキくん。こんばんは」
「こんばんは。今、平気ですか?」
「うん。いいよ。どうぞ。何か飲む?」
「あ、リクさん、何か作ってもらえますか?」
「夕飯?」
「夕方、色々つまんでたので、そんな空いてないので、軽いのでいいんですけど」
「サンドイッチとかにする?」
「あ、はい」
接客しながら軽食を作ってもくれるのでそれを頼んで、リクさんと話す時間を取ってもらう。
「リクさん、これ、合宿のお土産です」
「お土産?」
「アップルパイ。家族に買ったんですけど、リクさんも好きだったの思い出して」
「よく覚えてたね。そういえば話した気がする」
クスクス笑いながら、ありがとう、と受け取ってくれた。
「色々、お世話になりました」
「――――……」
リクさんは、ふ、とオレを見て、それから、クスッと笑った。
「お別れ、みたいな言い方だね?」
「……多分、しばらくは来ないと思うので、挨拶に来ました」
サンドイッチを作りながら、リクさんが「なるほど」と頷く。
「まあでも、いいかもね」
リクさんはそう言って笑うと、顔を上げてオレを見つめた。
「ユキくん、好きな人、出来た?」
「え。……そういう訳じゃないんですけど」
「あれ? 違うの?」
「好き、とかじゃないんですけど……」
「そっか」
頷きながら「まあそれでも、やっぱり、いいと思う」とリクさん。
「正直、ユキくんさ、前来てた時とはもう全然違うんだよね。知らない男に触られるの、今は嫌なんじゃない?」
「――――……」
お見通しなリクさんに、オレは答えられず、ただ見つめてしまったら、ふ、と笑んで、また手元に視線を向けた。
「前は、そういう関係を楽しんでる……というか、それを求めてるように見えたから、良さそうな人をお薦めしたりしてたけど。今は違うように見えるから」
オレの周りって。なんか……敏い人、多すぎないだろうか。
苦笑が浮かぶ。
「昔――――……オレのことは好きだけど、男同士だから無理……て言われたことがあって」
「へえ。……まあ、そういう人も居るかもね」
「だからもう、好きな人なんか作らずに、たまに遊ぶ関係でいいやと思ってたんです」
そう言うと、リクさんは、そっか、と苦笑い。
「理解できた気がする。……ユキくん、好きな人以外は嫌だ、とか言いそうなタイプに見えるのにって、ずっと思ってたんだよね」
「……あ、でも、ああいう関係が、オレを助けてくれてたのは、間違いないんですけど……」
「嫌だなと思うなら、それに従った方がいいだろうね」
はいどうぞ、とサンドイッチとおしぼりを差し出してくれる。
「美味しそう。頂きます」
手を合わせて、食べ始めると、「飲み物は? お茶で良い?」と聞かれて、頷く。
「今日は四ノ宮くんは?」
そう言われて、顔を上げる。
「どうして、四ノ宮、なんですか?」
「どうしてって……」
そこで止まって、リクさんがクスクス笑う。
「四ノ宮くんが黙って、ユキくんをここ一人で来させる気がしないから、かな」
その言葉に、なんとなく黙ったまま、サンドイッチを頬ばる。
「美味しいです」
「そ? よかった」
ふふ、と笑って、リクさんはお茶も置いてくれた。
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