445 / 542
第451話「言いたかったこと」*奏斗
オレは息を吸って、止めたまま、言葉を吐き出した。
「無理だよ。好きって応えられないのに、付き合うなんて、出来ないよ」
――――四ノ宮、ごめん。
……ごめん。
「奏斗」
「――――」
「奏斗は、ほんとにこれで、終わりでいいの? 離れて、平気?」
「いいとか悪い、じゃなくて……これしか、無いと思う。――――ごめん」
それまでぎゅっと握り締めていた、四ノ宮の家の鍵を、差し出した。何か分からないまま手を出して受け取った四ノ宮は、少しだけ眉を寄せた。
「ありがと、いままで。……ほんと、感謝してる」
四ノ宮は、何も、言わなかった。
今ここで言った、どの言葉が、四ノ宮の言葉を奪ったのかも、分からないけど。多分、もう、何を言っても無駄だと思ったのか、それとも、オレを好きとか言ってたのが、勘違いかもって思ったのか。
何も分からなかったけど。
オレの言ってることを、受け入れてくれたらしいのは、分かった。
「じゃあ、帰る」
それしか言えなくて、背を向ける瞬間。目に映った四ノ宮は、オレを見ていなかった。俯いたまま、顔も逸らされてて。前髪が表情を隠していて、見えなかった。
ドアを出て、自分の部屋に、急いで戻った。
自分の部屋に入って、鍵をかけて――――そのまま、力が抜けて、玄関に腰を下ろした。
ああ、なんか――――。
……傷つけた、かな……。
は、と震える息を吐いた。
あんな顔、させたくなかった。
嬉しそうに、楽しそうに、笑ってくれる顔。
……好きだったな、と改めて、思う。
それでも、ごめん。
本当なら、四ノ宮が持つはずの、幸せを奪うなんてできない。
本気で好きじゃないから、離れるんじゃない。
本気で、好きだと思ったから、もう離れようって、思ったんだ。これも、言えなくてごめん。言ったら、今の四ノ宮は離れてくれないだろうから、言えるわけがないけど。
四ノ宮は優しいから、不安定だったオレを助けてくれて、そのまま可愛がってくれてただけ。
離れたら、すぐ忘れる。
ゲイじゃなかったってことも、思い出すだろうし。
それでいいんだと思う。
好きだから。
お前が、大事だから。
今ここで、無理っていうのが、どう考えても、正解だと思う。
――――ごめんな。
オレ、こんな風にしか、考えられない奴で。
何も考えず、いまだけでもいいから、好きだって言える奴だったらよかった。
しばらくの間は、楽しく過ごせたかもしれないのに。
……ごめんな。
こんなオレを、好きって、たくさん言ってくれたのに、返した言葉が、あんなので。
でも、しばらくして、四ノ宮が誰か女の子と付き合ったりしてるのを見たら、きっとオレは、ほっとして、良かったって言えると思う。
ありがとうって思ってる。
オレの、どうしようもないトラウマ、解いてくれて。もう一度、人を好きになる気持ち、思い出させてくれて。
今更だけど、すごく大好きだって認めたら、もう、全部がすっきりした。
好きだったから、安心した。
四ノ宮が特別になっていったから、四ノ宮以外、触られるのも、ダメになった。
なんだかんだ言いながら、結局一緒に居たのも、好きだったから。
「――――四ノ宮……」
ここしばらく、ずっと呼んでた名前。誰の名前よりも、回数ダントツ多く。
起きた瞬間も……眠る瞬間まで、呼んでた気がする。
これから、呼ばなくなるって思うと、やっぱり、辛い。
でも、不思議と涙は出てこない。
ただ、からだなのか、こころなのか。とにかく、奥の奥の方が、痛い。
だけど、オレ、これでいいって、本気で思ってる。
前の時とは違う。
もう人を好きにならないなんて、思っていない。……また好きになりたいなと、思えてる。
四ノ宮もオレも。
辛いのはきっと、しばらくの間で、その後は、きっと、これが良かったって、思えるはずだと、信じてる。
「――――……」
……ああ、でも。
視線が落ちる。
「一回くらい、好きって……言いたかったな……」
ぽつ、と声に出たのは、それだった。
膝を抱えたまま。
いつまでも、動けなかった。
ともだちにシェアしよう!