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第451話「言いたかったこと」*奏斗

 オレは息を吸って、止めたまま、言葉を吐き出した。 「無理だよ。好きって応えられないのに、付き合うなんて、出来ないよ」  ――――四ノ宮、ごめん。  ……ごめん。 「奏斗」 「――――」 「奏斗は、ほんとにこれで、終わりでいいの? 離れて、平気?」 「いいとか悪い、じゃなくて……これしか、無いと思う。――――ごめん」  それまでぎゅっと握り締めていた、四ノ宮の家の鍵を、差し出した。何か分からないまま手を出して受け取った四ノ宮は、少しだけ眉を寄せた。 「ありがと、いままで。……ほんと、感謝してる」  四ノ宮は、何も、言わなかった。  今ここで言った、どの言葉が、四ノ宮の言葉を奪ったのかも、分からないけど。多分、もう、何を言っても無駄だと思ったのか、それとも、オレを好きとか言ってたのが、勘違いかもって思ったのか。  何も分からなかったけど。  オレの言ってることを、受け入れてくれたらしいのは、分かった。 「じゃあ、帰る」  それしか言えなくて、背を向ける瞬間。目に映った四ノ宮は、オレを見ていなかった。俯いたまま、顔も逸らされてて。前髪が表情を隠していて、見えなかった。  ドアを出て、自分の部屋に、急いで戻った。  自分の部屋に入って、鍵をかけて――――そのまま、力が抜けて、玄関に腰を下ろした。  ああ、なんか――――。  ……傷つけた、かな……。  は、と震える息を吐いた。  あんな顔、させたくなかった。  嬉しそうに、楽しそうに、笑ってくれる顔。  ……好きだったな、と改めて、思う。  それでも、ごめん。  本当なら、四ノ宮が持つはずの、幸せを奪うなんてできない。  本気で好きじゃないから、離れるんじゃない。  本気で、好きだと思ったから、もう離れようって、思ったんだ。これも、言えなくてごめん。言ったら、今の四ノ宮は離れてくれないだろうから、言えるわけがないけど。  四ノ宮は優しいから、不安定だったオレを助けてくれて、そのまま可愛がってくれてただけ。  離れたら、すぐ忘れる。  ゲイじゃなかったってことも、思い出すだろうし。  それでいいんだと思う。  好きだから。  お前が、大事だから。  今ここで、無理っていうのが、どう考えても、正解だと思う。  ――――ごめんな。  オレ、こんな風にしか、考えられない奴で。  何も考えず、いまだけでもいいから、好きだって言える奴だったらよかった。  しばらくの間は、楽しく過ごせたかもしれないのに。  ……ごめんな。  こんなオレを、好きって、たくさん言ってくれたのに、返した言葉が、あんなので。  でも、しばらくして、四ノ宮が誰か女の子と付き合ったりしてるのを見たら、きっとオレは、ほっとして、良かったって言えると思う。    ありがとうって思ってる。  オレの、どうしようもないトラウマ、解いてくれて。もう一度、人を好きになる気持ち、思い出させてくれて。  今更だけど、すごく大好きだって認めたら、もう、全部がすっきりした。  好きだったから、安心した。  四ノ宮が特別になっていったから、四ノ宮以外、触られるのも、ダメになった。  なんだかんだ言いながら、結局一緒に居たのも、好きだったから。 「――――四ノ宮……」  ここしばらく、ずっと呼んでた名前。誰の名前よりも、回数ダントツ多く。  起きた瞬間も……眠る瞬間まで、呼んでた気がする。  これから、呼ばなくなるって思うと、やっぱり、辛い。  でも、不思議と涙は出てこない。  ただ、からだなのか、こころなのか。とにかく、奥の奥の方が、痛い。  だけど、オレ、これでいいって、本気で思ってる。  前の時とは違う。  もう人を好きにならないなんて、思っていない。……また好きになりたいなと、思えてる。  四ノ宮もオレも。  辛いのはきっと、しばらくの間で、その後は、きっと、これが良かったって、思えるはずだと、信じてる。 「――――……」  ……ああ、でも。  視線が落ちる。 「一回くらい、好きって……言いたかったな……」   ぽつ、と声に出たのは、それだった。  膝を抱えたまま。  いつまでも、動けなかった。

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