508 / 542

番外編【諦めるか否か】大翔side 19

「オレ、奏斗が居ないと、幸せじゃないけどね。……分かんない、かな……」  何かを話しながら、呼吸が震える――――とか、人生初な気がする。  体の。心の奥が、痛すぎて。 「奏斗と居たのは、ほんと短い間だったけど……一生居たいと思うくらい、好きだし。オレが幸せにしたいのは、奏斗だし」 「――――」 「……奏斗が居ないと、幸せじゃないのに、幸せでとか……言わないでよ」  言ってしまった。  全部。隠さず。  すげー、情けない、こと。  しかもなんか。  ……涙声、になってて。  なるべくバレないように声を落として、言ったけど。 「……は。カッコわる……」  熱いものが、こみあげてきて。  奏斗みたいに、素直に涙をこぼすとか、そんなこと、オレには無いと思っていたのに。  奏斗に、最後に、笑顔を残そうなんて決めたくせに。    ……ヤバい。  オレがマジで泣く前に、帰ってもらわないと。 「……ごめん、奏斗。帰っていいよ」  それだけ言うのに、精一杯、とか。  ……ありえない。    精一杯で、こらえて伝えたのに、奏斗は、帰らない。  黙ったまま。なんか固まってるけど、そっちは見れない。  涙目なんて――――絶対、見せたくない。 「しのみや……」  奏斗が、オレの名前を呼んだ。  ……あぁ、困ってるよな。  オレが泣くとか……きっと奏斗にとってもありえないだろうし。  ……帰れないか。  いやでも――――早く帰って、と言おうとした時。奏斗が、抱き締めていた二号と紙袋を玄関に置いたのが分かった。そのまま空いた手で、オレの腕を掴んで、ぐい、と自分の方に引いた。  え。  とっさに、涙目のまま、奏斗を見てしまった。  奏斗は、眉根を寄せて、なんだかすごく、一生懸命な顔でオレを見上げてくる。逸らせなくて。 「奏斗、どうし――」  言いかけたオレの肩に、奏斗の手が触れて。さらに不思議に思った瞬間。 「――――」  奏斗の顔が、近づいて。  そっと、唇が……触れた。  ――――は……?    目を、見開くしかできない。  ……は? 何、今の。   キス、された? ――――何で?   こんな気持ちで……別れの、キスとかだったら……。  冗談、じゃないんだけど――――……。  一瞬は、そう、思ったのだけれど。  オレを見つめている奏斗が。  今にも泣きだしそうな顔で。  ……縋るように、見つめてくるから。  キスの意味が、分からなくなった。 「かなと……?」  名を呼ぶと、奏斗が、何度か、パチパチと、瞬きをした。  オレは……涙なんか、拭きとんだ気がする。 「……あの」  ためらいがちに、漏れる言葉。 「オレ、四ノ宮と、ずっと居てもいい?」  ――――ずっと、居ても、いい?  ただ驚いて、奏斗を見下ろす。  聞かれた言葉の意味は分かるけど。  ……何それ。どういう意味。  ――――キスしたのと、その言葉を重ねて受け取って、いいなら。  都合がよすぎる気がして……違う意味の可能性があるかを、考えてしまう。  すると、奏斗は、少し俯いた。  目を逸らされたことに、ますます違う意味を、探していると。 「……いっぱい、気になることあるけど、オレ、この世で一番、四ノ宮に泣いてほしくない。……笑っててほしい」  奏斗の、言葉。  ――――……泣いてほしくないって。  笑っててほしいって。 「四ノ宮が幸せになれないなら、離れたくない。……四ノ宮が、オレと居て幸せなら、オレ、お前と居たい」  オレに顔を見せないまま、そう言った奏斗。  こんな風に言われたら。   都合のよすぎる言葉の意味にしか取れないけど。  つい今さっきまで、もう完全に、離れる決意を、してたのに。 「――――……ちょっと……」  声が、掠れる。  微かに、浮かんでる、都合のよすぎる期待と。  ――――……まだ、期待するなという、臆病な、オレが居る。 「……顔、見せて」  奏斗の頬に触れる。  ぴく、と奏斗が震えたけど。  嫌がられはしなくて。  オレをまっすぐに見つめてくる瞳は。  オレが、ずっと、欲しかった、瞳。な気が、した。  さっき、蓋をしようとしていた、愛しいって気持ちが。  溢れてくる、そんな感覚。  奏斗に触れてる指が――――……震えそうだった。

ともだちにシェアしよう!