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隙 三枝

雨宮さんの記憶は確実に戻ってきているようだ。 記憶を無くしたほとんどの人は、何かのきっかけで戻る事が多いが、勿論戻らないこともある。 彼の場合・・一か月以上眠っていたこともあったし、その時の状況や彼の心理状態で記憶が戻らないかもしれないと思っていた。 「先生・・こうやって戻ってくるんですね・・」 そう言って、雨宮さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。 「ええ・・不思議ですね・・」 柔らかく微笑む彼に胸が締め付けられる 儚げに俯く彼も綺麗だけど、微笑む姿は・・さらに光を増すような気がした。 だが笑顔を見せるのは、彼が関わった時だけ 藤堂尊 初めて会った時から・・いや、会う前から分かっていた彼は、雨宮さんを特別な目で見ている 事故が起きた時、亡くなった女性が彼の姉だと聞き、二人が恋人関係なのだろうと思った。 だが、確信を持てなかった俺は、今後の治療の為に確かな情報を知りたくて女性のは親に確認の電話をした。 その時、電話に出た母親から彼女とは婚約していたことを聞いたのだがそのことを雨宮さんには内密にしてほしいと言われた。 これ以上雨宮さんを悲しませたくない、弟の藤堂尊の強い希望でということだった。 実際、今の状態で彼に本当のことを話すのは得策ではない思い了承した。 だが・・記憶がいつ戻るかわからない。 俺が話さなくてもいつかは戻る可能性あるだろう。 実際、少しずつ戻ってきているのだから・・ それとなく、一緒に居ないほうが良いと言っていたが雨宮さんの話を聞く限りまだ一緒に暮らしているようだ。 「先生、ランチどこで食べますか?」 「ああ・・ここの食堂も美味しいですよ?どうですか?」 本当は外に行きたいところだが午後の患者もいるため、あまり時間は取れない。 「良いですね」 「行きましょう」 食堂に向かい、俺は焼き魚定食を頼み雨宮さんは焼肉定食を頼んだ。 「食欲はありますね」 なかなかボリュームのある料理を頼んでいる。 「そうですね!・・この頃体の調子も良いんですよ」 そう言ってまた嬉しそうに笑みを浮かべた。 「それは、良かった!仕事も大丈夫そうですね」 「はい!」 雨宮さんは来週から仕事を始めることになっていた。 とは言っても、最初は事務処理からみたいだが 「くれぐれも無理しないでくださいね?」 俺は、まだ早いんじゃないか思った。 「大丈夫ですよ。ずっと家に居ても暇なだけですし」 「そうですか・・・」 仕事をすれば、記憶が戻る切っ掛けになるかもしれない でも、俺は記憶が戻らなくてもいいんじゃないかと思っていた。 今の雨宮さんでも、充分生きていける 別に彼の味方をするわけじゃないが きっと思い出さない方がいい記憶もあるのだろう。 それに・・今の彼の方が・・ 「雨宮さん、今度・・僕とデートしません?」 「っ!え・・ええ?」 「見たい映画があるんですけどね・・一人で行くのもつまらないので、付き合ってもらえないかな~って思って」 ニコッと笑いながら言うと、 「ああ・・そういう事ですか~」 安堵した顔で言った。 「ええ、そう言う事です」 患者ではなく、普通に出会いたかった・・・ そうすれば俺たちの関係はまた違った形になっていたかもしれない。 「良いですよ!映画良いですね・・俺も見たいです」 だから、今は戻らないほうが俺にもチャンスがあると思うんだ。 「今度、メールします」 「待ってます」 微笑む雨宮さんにまた胸の奥が締め付けられた。

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