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揺らぎ
「愛されてるね・・羨ましいよ」
江角さんがそう言って目を細めて俺を見た
「そんな事・・」
今の准君は俺を好きなわけじゃない・・
俺を頼っているだけだよ
家族のいない彼にとって・・俺は、家族のような存在なんだ
でも、そこに付け込んだのは俺だ
俺の気持ちに少しでも気づいてくれたら、もしかしたら前とは違う関係になれるかもしれないと思ったが
「はあ・・出発地点間違えたかな~」
「へ?」
俺の呟きに江角さんが首を傾げる
「ううん・・こっちの話し・・」
(どうせ嘘つくならさ)
恋人だよって言えばよかった
そうすればさ・・
「キスもできたのに」
ボソッと本音が零れた時
「え?キスが食べたかった?」
准君が目を見開いて言った
「え!?!?」
それにさらに驚いた俺は体が硬直する
顔を上げるとエプロンを外しながら潤君が俺を見ていた
「キスってさ、天ぷらにすると美味しいよね!」
「ふぇ?」
キス・・ああ、天ぷら?
「うん、キスってさ、釣り初心者でもやれるんだよ~砂浜釣りとかね」
江角さんが大きく頷きながら言う。
「江角さんは釣りするんだよね?」
「おう」
「あ・・ああ・・あああ!!釣り・・釣りね!!」
硬直していた俺も、慌てて話を合わせ大げさに頷いた。
「うん?」
准君が、また怪訝な顔で俺を見た。
「アハハ・・いや、魚のキスね!うん・・美味いよね天ぷら!」
一瞬、何言ってるか分からなかったよ!
「尊・・どうしたの?顔真っ赤だよ?」
「あ・・いや、そう?アハハ」
笑ってごまかすしかなかった。
「ククク」
江角さんが、下を向いて肩を揺らしている。
「何でもない・・はあ・・キスの天ぷらね~」
「・・・・?」
・
・
それから、一時間ほどして江角さんは帰った
帰りがけ、玄関で見送る俺に言った。
「来週から仕事するけど、安心して・・無理はさせないから」
「うん・・何か合ったら」
もし、もしも記憶が戻ったら直ぐに教えてほしい。
「すぐ知らせるよ」
言葉にしなかった俺の気持ちが分かったのか、大丈夫と肩を叩きながら言って玄関を出て行った。
リビングに戻ると准君はテレビを見ながら笑っていた
「・・・・」
楽しそうに笑う彼を見ているだけで、胸がいっぱいになる。
「あ!尊・・これ面白いよ!ほら」
「うん・・」
手招きされて准君の隣に座った
肩が触れるだけで胸の奥が疼いていく
もし、俺の気持ちを話したら・・知ってしまっても、こんな風に隣で笑ってくれるだろうか
俺の事を尊と呼んでくれるだろうか
「ね・・あれ、ウケるよね!面白くない?」
「あ・・うん・・面白いね!」
テレビの中では芸人がコントをしていた
「記憶が無くてもさ~、こういうの見て笑えるもんなんだね」
「・・そうだね・・」
ああ・・どんどん決心が揺らいでしまう
この時間がずっと続いてほしい
でも、それは叶わない夢だろう
だったら、俺が覚悟を決めて前に進むしかない
「准君!!」
「!?ビックリした・・なに?急に大きい声出して・・」
「あのね・・あ・・明日!」
「え?」
「明日・・話したいことがあるんだ!」
どこまで伝えられるか分からないけど、でも・・このままじゃダメなんだ
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