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目を開けると知らない人が僕のそばに居た。
いや、知らない人だけど僕が意識を失う前にシュウさんを止めようとした人なのはわかる。
柔らかそうな栗色の髪は緩くパーマがかっていて、肩口で切られている。髪が掛けられた右耳には水色のピアスをしていた。ここからじゃ分からないけど、ピアスの飾り部分に何か書いてある....?
「ははは....私の顔になにかついているのかな?」
優しい声に、優しいクリーム色の瞳にハッとする。どうやらじっと見つめすぎたようだ。
「....すいま、ゴホッ....ゴホッ!」
「あぁ、喋らすようなこと聞いてごめんね。さ、水だよ.....ゆっくり飲んで」
水と聞いて思い出すのは、あの時の熱と溺れるほどの苦しさ。それと熱に浮かされた様に僕を見つめる赤い瞳。
「う''ぁ.....はっぁ、はっ、ぁっ、ひぅ....!」
「大丈夫!?」
心臓が痛い。息をするのが辛い。あれ?僕ってどうやって息してたっけ?上手く息が吸えない。
「はっ、はっ、はっ、はっ....!ひぃっ、はっ、はっ、がはっ....!」
「落ち着いて。大丈夫....愁は居ないよ。怖かったね....でももう大丈夫だ。うん、大丈夫....ゆっくり息を吸って。.....吐いて」
怖くて怖くて恐くて、目の前の優しい人に縋り付くようにシャツを握る。すると彼は「アイツは何をやったんだっ」と苦しそうに言い、僕を抱きしめてくれた。
「大丈夫....大丈夫....よく頑張ったね」
「はっ、ヒック....うぅぁああああああああ!!」
「よく頑張ったね、よく耐えたね、よく壊れなかったね。....君はとても強い子だ」
僕は頑張った?
僕は耐えた?
僕は壊れなかった?
僕は強い子?
.....そんなことどうだっていいんだ。
僕はもう元には戻れないっ!
僕はこの世界で色々思い出してから周りを知らんぷりしていた。だってこの世界の常識は僕にとってはとても理解し難いものだったから.......。
男が妊娠とか理解できない。
オメガバースとか理解できない。
異能とか理解できない。
男しかいないなんて理解できない。
でも、僕は頑張って理解して受け入れたんだ。受け入れたけど.....当事者になるのは嫌だった。僕は僕のままでいたかったから。僕の中の常識で生きていきたかったから。
だから自分の性がβだと知った時は酷くほっとしたのを覚えている。同時に弟がαだということに酷く同情したのを覚えている。
.....βなら僕は普通に過ごせる。
そう信じていた。
信じていたのに.....。
僕はなんで今こんなに泣いているんだろう?
僕はなんでこんなに自分の身体に恐怖しているんだろう?
僕はこれからどうすればいいんだろう?
「弥斗君....今は休もう。まだ身体も辛いだろうし」
「でも....」
「大丈夫。愁は私が止めてるから。君が良くなるまで絶対に合わせない」
「.....ありがとうございます」
「さ、横になって.....何かあったらこれ押してね。病院で言う呼び出しボタンだ」
優しいお兄さんはボタンをテーブルに置き、そしてこの部屋を出ていった。
....なんだかあの人の大丈夫という言葉はとても心強く感じる。
「………」
天井を見ながらぼーっとしていると次々と色んなことが思い浮かんできた。
お義父さんとお義母さんは大丈夫だろうか?
心配しているかな?
泣いてないかな?
大騒ぎになってるかな?
なによりも僕は
「帰れるんだろうか?」
自分の弱々しい声になんだか泣きたくなった。
もうここに居たくない。シュウさんに会いたくない。あの人は怖い。
「....弱気はダメだ弥斗。考え続けるんだ。きっと僕は帰れる」
考え続ければ、きっとチャンスは作れる。
泣いて拒絶しても、泣いて誰かに縋っても....結局何も変わらなかったじゃないか。僕一人で何とかするしかないんだ。
『大丈夫』
だけどあの優しい声が耳から離れない。離れないんだ。
シュウさんの友人.....いい人なのかな?
優しい人ではあるけど、だからといっていい人かは分からない。
「....眠れない」
どうしよう。色々考えてたら眠れなくなっちゃった。体調もだいぶ良くなったし.....そういえば僕がシュウさんに誘拐されてどれくらいっ経ったのかな?
いち早く動きたい。でもシュウさんに会うのは嫌だ。
「.....どうしようもないね」
僕はただ無為に時間を過ごした。
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