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第8話

ん〜 暖かい・・・いつも朝起きると寒くて怠いのに・・・今日は暖かい。すべすべしてる・・・気持ちいい・・・ 「ひーな、起きた?」 「ん〜?・・・・・・・・・・・・・・・」 目を開けるとそこには胸があった。 あぁ・・・えっ??? 「ごっ・・・ごめんなさい!」 僕は思いっきり後ずさる様に目の前の胸から離れようとした。するとぐいっと力強く腰に腕が回ってきて引き寄せられた。 「そんな驚いて離れないでよ、ベットから落ちちゃうよ」 「あ・・・ごめんなさい」 「謝んなくていいのに、ひなの可愛い寝顔で癒されてたんだ。寒かったのかずっと擦り寄ってくるから、めちゃくちゃ可愛かったよ」 僕が暖かいと思ってたのは彼で、確かにスリスリと触ってた気がしないでもないけど・・・顔から火が吹き出そう。 僕はなんて言っていいかわからなくて目の前にある布団で顔を隠した。 「喉乾いたでしょ、お水ここに置いてあるよ、服はここ、今日は外に出る予定がないからゆったりとした部屋着ね。朝ごはんも作ってあるから、リビングで待ってるよ。顔洗ってちゃんと保湿して、出ておいで」 「ん、わかった」 「いい子」 彼は大きな手で僕を撫でてから先にリビングへと向かった。 僕は渡された服を着るためにバスローブを脱いだ瞬間固まった。あぁ・・・そうだ、この下着は僕が昨日履いたんだった・・・すっかり忘れててびっくりしちゃった。 渡されたシンプルな白のオーバーサイズの長袖に腕を通して 黒のスウェット素材の長ズボンを履いて僕は顔を洗ってリビングに向かった。 すると台所からいい匂いが漂ってきた。 「ちゃんとお顔保湿した?」 「うん」 彼はやたらと僕のスキンケアが気になるらしい。 「和朝食だけどいい?」 「うん」 「先座ってて、朝は何飲む?」 「んー・・・あったかい牛乳飲みたい」 「わかった、今用意するよ」 あ・・・あったかい牛乳なら自分で用意できる、言い終わった後に行動しようと思ったら座っててと念を押された。 大人しく言われたとおりにダイニングテーブルに座る。 すると瞬く間にホカホカの白米に、シャケ、お漬物、お味噌汁、ほうれん草のお浸しに卵焼きという立派な朝食が食卓に並んだ。 あれ?エプロンしてる? 「これって・・・朝ごはん作ってくれたの?」 「あぁ・・・味にはそこそこ自信はあるんだけどな、久しぶりに作ったからどうだろう?ひなのお口に合うといいな」 「え・・・凄い・・・」 僕は素直に感動した。でも僕が起きた時まだ隣にいたよね?いつ作ったんだろう?どうやら疑問が顔に出ていたらしく彼は答えてくれた。 「ひなが起きる前にね、作ったんだよ。どうしても初めての2人の朝食は俺が作りたくてね」 「・・・ありがとう・・・こんな豪華な食事・・・嬉しい。今度僕も手伝いたいから・・・起こしてくれると嬉しい」 「ふふっ、手伝ってくれるの?じゃぁ、お揃いのエプロン用意しないとだな」 彼は満面の笑顔で僕にホットミルクを差し出してくれた。 「い・・・いただきまーす」 「どうぞ、召し上がれ」 どれにお箸をつけても美味しい、お味噌汁が体に染み渡ってホッとする。 「美味しい・・・」 「よかった、口に合って」 僕はちゃんと味わって完食した。食べ終わった後お皿を流しに下げた。 「僕・・・洗うよ」 「洗ってくれるの?ありがとう、じゃぁ手が荒れちゃうからこのゴム手袋しようか。スポンジはこれで、洗い終わったらここに置いて乾かそうか」 「うん」 「じゃぁ、俺そこでちょっと片付けたい仕事あるから、任せてもいい?」 「うん!」 「終わったら教えてね」 やったぁ、任されたからには完璧にやるぞ。本当はお皿洗ったことないんだけど、洗剤をつけてスポンジで擦って流すぐらい僕にもできる。 丁寧に丁寧に、彼が仕事してるからお皿も音を立てない様に洗った。 洗い終わる頃には結構時間が経っていた。 僕はゴム手袋を外して彼に近づいて報告した。 「お皿・・・洗い終わったよ。時間かかっちゃった、ごめん。」 彼はパソコンから目を離し、ちらっと洗い終わったお皿を見てニコッと笑ってくれた。 「ありがとう、ひな、偉いね。おいで」 自分の膝をトントンと指して両手を広げて僕を待ってる。 慎重に彼の膝の上に乗って肩に手を置く。 「ふふっ・・・可愛い。洗い物やってくれてありがとう、助かったよ。時間なんていくらかけてもいいよ、謝ることじゃない。その分丁寧に洗ってくれたんでしょ?ありがとね」 「ううん・・・美味しいご飯作ってくれたから、僕も何かしたかった」 「そうか、偉いなぁひなは」 そういって僕を抱きしめつつ頭を撫でてくれた。自分のやったことに対してこんなに素直に褒められたのは初めてで、少しくすっぐったい気がした。 でも今他人から見たらかなりドン引きな絵面だよなぁ・・・男子高校生にもなって大人の男性の膝に乗ってよしよしされてんのって・・・まぁ・・・僕ペットだからいいのか。 〜♪〜 刃の携帯が鳴った。 「もう着いたのか、わかった。入って来い」 誰か来たのかな? すると玄関がすぐに開いて3人男の人が入ってきた。 僕は立ち上がらなきゃと思って足に力を入れたけど相変わらず腰を抑えられて膝に座ったままのご対面となった。恥ずかしい・・・ 「ひな、紹介するよ。昨日会ったと思うが、左が須藤旭(スドウ アサヒ)俺の右腕だ。まぁ、専属秘書みたいなもんだ。真ん中が須藤翔(スドウ カケル)、見た通り旭の双子の弟だ。そっくりだろ。 右にいるのが細川栖(ホソカワ スミ)だ。俺の家の管理だったり、いろんな雑務をこなしてくれている。今後お前専属の護衛にするつもりだ。」 「「「初めまして陽太様」」」 「えっと・・・は・・・初めまして・・・陽太です。よろしくお願いします・・・」 「もし何かあったら俺か、この3人に相談してくれれば大抵どうにかなるからな」 「・・・うん・・・」 旭さんは昨日車に乗ってた人だよね、僕の服とか受け取ってくれた人だ。綺麗な人、隣にいる翔さんも本当瓜二つ、髪型ですぐ見分けがつくから助かるな。細川さんはなんだか優しげな顔をしているイケメンさんだ。幾つぐらいの人だろう・・・? 「えっと・・・専属の護衛って・・・?」 「あぁ・・・ひなにも言ったと思うが俺はヤクザだ。社長もやってるけど基本的には危ない立場にいる。ひなに危害を加えようとする奴は沢山出てくるかもしれないから、俺が安心できる様に護衛つけさせてもらってもいいか?俺がいない時には話し相手になってくれるだろうし、何か欲しいものとかも細川に言えばなんとかしてくれるから」 「・・・そっか・・・わかった」 「あと、ひな、申し訳ないんだけど、今日どうしても一回仕事場に顔出しに行かなきゃいけないんだ。多分夕方には帰って来れるから、それまで家でおとなしくしてて」 「・・・うん・・・」 「いってらっしゃいのぎゅーは?」 えぇ・・・こんな人前で・・・うーん、ぎゅーぐらいいっか。 僕は彼の首にぎゅーっと抱きついて耳元で「いってらっしゃい」と小さく囁いた。だって他の人に聞かれるのは恥ずかしいんだもん。 彼は一瞬固まってたけど、すぐに「帰りを待っててね」と言って頭を撫で、椅子にかけてあったジャケットを羽織って旭さんと翔さんと仕事へ向かった。 僕はぼーっと彼らが立ち去った玄関を見ていた。 「えっと・・・陽太様?」 あぁ・・・そうだ・・・今1人じゃないんだ。確か細川さん?と今二人っきりだったか。 この人も背が高いなぁ・・・180ぐらいありそうだな。黒髪のオールバックでスーツをビシッと着ていて、タレ目で優しげな雰囲気を纏っている。 さてと・・・これはどうしたらいいんだろう? 若干気まずい空気が流れている。 なんか話さないと。口を開きかけた時、僕より先に細川さんが話し始めた。 「申し訳ございません。改めまして細川栖と申します。スミでも細川でもなんとでもお呼びください。今日から陽太様の専属の護衛を勤めさせていただきます。なんなりお申し付けください」 「陽太です。よろしくお願いします。スミさんって呼んでもいいですか?」 「いいえいいえ、さん付けなんてとんでもございませんっ!若様の大事なお方とお聞きしておりますゆえ、是非、スミと呼び捨てでお願い致します。敬語もいりません」 結構敬語なしで話すの大変なんだけどなぁ・・・でもそれもそうか。彼にはタメ口なのに、彼の部下には敬語ってちょっと示しがつかないとか? 「・・・う、うん・・・わかった」 「環境が変わって色々気疲れしているかもしれません、今日はごゆっくりお過ごしいただければと思います。もし暇な様でしたら何かご用意致しますが、欲しいものなどございますか?」 欲しいものかぁ・・・ぼーっとしてるの得意なんだけどなぁ、こういう時って何するのがいいんだろう? 「何すればいいかな・・・」 「うーん・・・そうですね、ゲームや読書などはされますか?」 いや、ゲームはやったことないし、読書も母に勉強関係のもの以外は買ってもらえなかったのでしてない。 頭を横に振る。 「そうですか、もし眠くないのであれば、宜しければ、スミとお話ししませんか?」 「お話?うん・・・僕あんまり話すの得意じゃないけど・・・それでもいいなら」 「もちろんでございます!何か今後のことや気になることございますか?スミの答えられる範囲であればお答え致しますので」 気になること・・・気になること・・・ やっぱり頭に浮かんでくるのは、母と学校ぐらいだなぁ。ペットになった今では僕はどうしたらいいんだろう。 「学校って、どうなる?」 「あぁ、陽太様は高校生でいらっしゃいましたね。そうですね、若様に一度確認を取らないといけませんが、高校は卒業した方がいいですよね・・・でも状況が状況なので、明日はお休みということになりそうですね。学校に関して方向性が決まったらすぐにお伝えいたします」 よかった。とりあえず明日は行かなくていいみたい・・・学校に戻ったら母と弟に確実に見つかるし・・・ そう考えると学校以前に外に出るのが怖い。 今まで逃げ場がなかったから考えたことなかったけど、またあの生活、あの家に戻るかと考えただけでこんなに怖いなんて・・・1日で随分変わったな。 ぎゅっ・・・ 「陽太様、大丈夫でございますか?・・・少し失礼致します」 そういって僕が思わず握りしめていた手を解いてくれた。 「あぁ、よかった。あまり強く握りしめると怪我をしてしまいますよ?何かスミの言い方が悪かったのでしょうか・・・申し訳ございません」 あ・・・スミは悪くないのに、謝らせてしまった。 「スミは悪くない。ごめんなさい」 「何かお悩みでしたら、なんでもスミに話してください、お一人で抱え込まないでくださいね。そういえば、後日もう1人護衛が増えます」 「もう一人?」 「はい、流石に私だけだと常に対応出来ないので、黒岩類(くろいわ るい)と交代制で担当いたします」 「うん」 とりあえず学校のことは今心配しなくていいみたいなのでほっとした。ほっとすると気にしないでいたことが気になってくる。 僕は思い切ってスミに聞くことにした。 「ねぇ・・・スミ」 「どうされました?」 「僕ってなんだろう?」 「と、申されますと?」 「えっと・・・君たちの言う若様かな?にとって、なんだろうなって。僕はペットみたいなものかなって思ってるんだけど、スミはどう思う?」 一瞬の沈黙がやけに長く感じた。 「そうですね、これは陽太様がご自身で若様にお聞きになった方が宜しいかと思います。ですが、スミが護衛に決まった時に言われたことは、若様の大切なお方なので、命をかけてお守りしなさいとのことでした。これが答えになりますでしょうか?」 「大切な・・・」 「はい、先程陽太様に対する態度や目線などもスミは最初腰が抜けるかと思いましたよ、初めてあんな若様を見ました」 「そっか・・・答えてくれてありがとう」 「いいえ、とんでもございません」 若干気まずく思ってしまった僕はスミに寝室にいるからと伝えてリビングを離れた。 使っていいと言われた自分の部屋か彼の部屋か悩んだ結果、彼の寝室に入ることにした。 数時間前まで彼と一緒に寝ていたベットはもうすでに冷え切っていた。 横になって布団をかぶると、枕からほのかに彼の匂いがする様な気がして、不思議な気分に浸っていた。

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