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夢魔 5
少年はエコバックを肩に掛けて帰る。
夜遅くまで開いてるスーパーで野菜や肉を買った。
男のためのビールも。
ワクワクしながら家に帰る。
夜間高校の帰りだ。
男が帰ってくる時間はまちまちだ。
一々連絡してくる人ではない。
何日も帰って来ない時もある。
男の仕事は予定がつかないのだ。
今日も帰ってこないかも。
でも、帰ってきたらすぐに出せるように作り置きをしておきたい。
「頑張らんでもええんやで?コンビニかなんかで買うてきたらええんやから」
男は言ってくれる。
自分が作る料理がダメだったのか、としゅんとしてると頭を撫でられる。
「でもうれしいわ、ありがとうな」
男がにかっと笑う。
笑うと甘く整ってはいても、どこか下品さを隠しきれない顔が、
不意に無邪気で、子供みたいになる。
少年はその笑顔に見惚れて真っ赤になる。
真っ赤になる少年に男はさらに笑顔になる。
「可愛いなぁ・・・」
そして、そう言われたら大体、すぐにその場でハダカにされて抱かれてしまうのだが・・・。
男はとにかくセックスが好きなのだ。
思い出して真っ赤になる。
セックス好きなのは自分もだ。
男のところに来る前は早く終わって欲しいとしか思わなかったのに。
男に触られるともう駄目だ。
初めてした日から、男とするのは気持ち良すぎて、おかしくなる。
でも。
男は自分だけでは足りない。
それも知ってる。
外で女の人を抱いてる。
仕方ない。
仕方ないのに、ワガママだから胸が痛い。
こんなに優しくしてくれてるのに。
「男の身体が抱いてみたかった」だけの理由で、ただそこにいたから抱いただけの少年を、ここまで面倒みる責任なんて男にはないのに。
父親から救い出してくれて。
学校に行かせてくれて。
生活まで面倒みてくれて。
とても優しくしてくれてる。
こんな優しい人初めてだ。
「・・・アイツ、優しくないからね、間違えたら駄目だからね?嫌になったらすぐに言いなさい。すぐにね?」
『師匠』さんはそう言うけど、男は優しい。
本当に。
「アイツに世話になってるからってセックスなんかしなくてもいいんだからね、なんならオレが面倒みてあげるからね?オレは女しか無理だから安心して。まあ、オレもまあ、アイツのことをとやかく言えるわけ・・・いや、アイツよりはマシだ!!」
なんだか複雑なそうに、それでも断言しながら師匠さんは言うけど、男とするセックスは代償ではない。
好きでしているセックスだ。
最初の一回を除いて。
でも、その時から男は代償以上のものをずっとくれてる。
あの街から連れ出してくれて。
ずっと優しくしてくれてる。
こんな火傷だらけの身体と、何の取り柄のない自分にここまでしてくれる価値なんてないのに。
「ずっとオレんとこに居れ。なあ?」
セックスの後優しく髪を撫でながら囁かれて、頷いてしまう。
そんな価値なんてないのに。
「・・・君以外あんな酷い奴とは付き合えないからね?身内としては引き受けてくれて有難いんだが、オレももっとマシなのが沢山いるのにアイツを君にと言うのは、良心が疼きまくってしまうんだよね・・・」
師匠さんはそう言ってくれてる。
でも、男に似つかわしくないのは自分の方だ。
ろくに学校に行ってなかった少年に最初に勉強を教えてくれたのは男だった。
男が誰でも知ってる国内最高レベルの大学を卒業していることを知ったのはその時だった。
男はあれでインテリなのだ。
そして、とても優しい家庭の出身で。
少年は男の実家にも男に連れて行かれてたのだ。
元々は男の弟が少年を助けてくれたのだった。
あれは恐ろしく奇怪な事件だった。
少年は人間ではないモノに犯され殺されかけた。
そして、男の弟に助けられた。
事件の結果、男と知り合い、何故かセックスをして。
男は父親から自分を助け出し、街から連れ出す前に何故か男の実家にも連れて行ってくれたのだった。
優しい両親。
この奔放な男が育ったとは思えないくらいマトモな家で。
妹さんもお姉さんもとても優しくて。
でも。
マトモなようで、どこかオカシイ弟のことはもう知ってたし。
何故か部屋に当たり前のようにサンドバックがぶら下がってて、それを普通じゃない音を立てて殴ってるお姉さんとか、可愛らしい妹さんが普通の顔して、逆立ちした常態で腕立てしているのを見て、この家は違うのだろうな、と普通がわからないなりに思った。
でも。
男は。
自分の息子を犯して、殴ってタバコで焼きながら犯すような。
友人たちにも売るような父親の元で育った自分とは違うのは確かで。
男が好んでマトモではない世界で生きているとはしても、自分とは釣り合うわけがない。
少年はそれを理解していた。
だから。
男が自分に嫌になるまで、
もう少しだけ。
優しい人だから、そう言わないとしても、分かったらすぐに出ていくつもりで。
男の元に居させてもらおうと思っていた。
「オレのところでオレが面倒みる。ずっとな。毎晩可愛がってんねん」
でも、家族の前で男はそう言ったのだ。
驚いたのは少年だった。
確かにセックスはもう、していたけれど、それをわざわざ家族に宣言するのか。
これが普通の家なのか。
普通を知らないからわからないけど。
悲鳴があがって、自分が否定されたのかと思ったけど違った。
女性たちが襲いかかったのは男の方だった。
「どうみても未成年やろが!!このバカ息子が!!」
「あんたみたいな最低男がこんな大人しそうな子を!!」
「お兄ちゃん最低野郎やのに!!」
母姉妹にボコボコされている男がいて、困りきった父親がいて。
「こんな奴でもいいのか?嫌なら言うんだ、無理強いされてるなら我が子でも警察に突き出す!!」
涙を浮かべて父親に言われて、少年は首がもげるぐらい振って否定したのだ。
泣きながら止めに入って男も救出した。
とにかく男の家族公認で暮らしている。
その意味も少年には良く理解できないのだが。
とにかく少年は幸せだった。
これが幸せってやつなんだとちょっと怖くて、でも胸が痛くて、嬉しくて。
今日も帰ってくるかわからない男のために料理を作ろうと。
料理の段取りを一生懸命考えていた。
残った食材をどう活用するか等も。
男から財布を預かっている以上、無駄なく食材をつかいきらなくては。
男に作る料理のことも、男と暮らすための生活費の節約のことも、考えるだけで楽しかった。
唇が緩む。
こんな毎日が来るなんて。
いつか終わるとしても、この一日一日を大切にして、覚えておこうと少年は決めていた。
男は普通の家庭料理が好きみたいなので、今日はカレーにしようと決めた。
帰って来なければ冷凍しておく。
そんなことを考えて歩いていた時だった。
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