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夢魔 10

「眠りたくない」 少年は怯えていた。 寝たらアレが来る。 犯されて。 中深く穿たれて、たっぶり出される。 そうされたことよりも、男に見られたことに少年は動揺していた。 男の前で。 犯されたことに。 「でも、寝なきゃ死ぬ。そこは、まあ、考えろよ。【犯された方が死ぬよりマシ】なこともある。とりあえず、誰か『専門家』をオレは見つけてくるよ。タテアキが来るまでの繋ぎになるだろうし、お前も弟に土下座してでも弟の恋人に頼むんだな」 師匠はヨレヨレのスウェットを脱ぎ捨て着替えを始めていた。 岩を削ったかのような身体。 男も飾りではない筋肉を持つが、師匠はそれ以上だ。 師匠というのがたんなる呼称ではなく、師匠は男の武芸の師、なのだと知ったのは男と暮らし始めてすぐで。 師匠と男が、この世界にもう絶えてしまったような武芸を極めることこそを目的にしていると知ったのは最近だったりする。 この2人には何でも屋も修行の1つ、でしかないのだ。 師匠はお金に目がないし、男は女とセックスするのが大好きだけど。 「武も、怪異相手では役に立たない、が、つまらんプライドでは『勝てない』ことは同じだ。考えろよ」 師匠は男に言った。 言含めるように。 少年にはその意味がわからなかったこれど、男にはわかったようだった。 唇を噛み締めていた。 「この子が生き残るのが『勝ち』だ。それは分かるな?」 師匠は少年の頭を撫でて言った。 もういつものスーツ姿だ。 車の鍵を持っている。 いつもは男が運転するが、今日は一人で行くらしい。 「辛いだろうが、耐えるんだよ、いいね」 師匠は少年に言ってくれた。 少年は申し訳なくて首をふる。 自分のためなんかに、何かしてくれる人なんて。 居なかったから、申し訳なくて仕方ない。 「不肖の弟子を選んでくれてありがとう。君はオレにも身内だよ」 師匠は優しく笑ってくれた。 頭を撫でて、肩を抱いて。 男がすぐに少年を引き寄せ、離したけれど。 「ヤダねぇ独占欲」 師匠は呆れたように肩を竦めてみせた。 だがすぐに真顔になる。 珍しい。 「・・・今回は諦めろ」 師匠は真面目に男に言って、男は返事もしないで顔を背けた。 これも珍しいことだった。 「やれることをやるんだ、いいな」 師匠は部屋を出ていった。 「・・・」 男は師匠が去ってからも、黙ってしばらく俯いていた。 少年を抱きしめる。 強く。 でも、離した。 名残りおしそうに。 男は少年を師匠の安アパートの台所の椅子に座らせてと自分の携帯でどこかへ電話をかけはじめた。 「オレや。もう事情は知ってるんやろ。頼む。お願いだからオレを助けてくれんか。この通りや。お前の恋人に頼んでくれ!!土下座でも何でもしてやる!!」 男はギリギリも歯ぎしりしながら言っていて、少年はショックを受ける。 傲慢な男がそんなことを言うはずがなかったからだ。 師匠には多少素直なところを見せる男だが、少年以外には師匠にさえも偉そうなところがあって、自分が悪くても謝らないと自分で言ってる人なのだ。 スピーカーになっている電話の向こうから大笑いしている声が聞こえて、電話の相手が男の弟だとわかる。 一見優しくマトモだが、どこか壊れたあの弟が少年は怖い。 「お前、実の兄貴が頭下げて頼んでんのにそれかい!!」 男が怒鳴る。 「それが人にモノを頼む態度なん?」 電話の向こうからの楽しそうな声。 弟がこれを楽しんでいるのは確かだ。 この兄弟は仲が良くてとても仲が悪い。 男が歯ぎしりする だが男は、凄まじい憤怒に鬼のように顔を歪めながら、言葉だけはそれでも丁寧に言った。 「助けて下さい、お願いします」 電話の向こうで、弟はさらに爆笑していた。 男の怒りで赤黒くなる顔をみながら、少年は途方にくれる。 なんてことをさせてしまったのかと。 「実はもうアイツとそっちに行くつもりだったんだよね。ただ、別のトラブルが発生してなぁ、明日か明後日になるんよね」 弟の言葉は有難かったが、少年には安心できるものではなかった。 明日か明後日? もう丸一日以上寝ていないのだ。 「アイツからの伝言や。『寝ないで我慢するってのは止めろ。寝ないで弱ると余計に進む。諦めて寝ろ』って。・・・そこはまあ、さすがの僕でも同情するよ、できるだけ早く行く」 電話は切れた。 諦めて。 寝ろ? 少年は青ざめた。 それがアドバイス? そんな。 そんな。 男も憤怒で真っ赤になっていたのに、今は青ざめていた。

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