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夢魔 18
「ああ、そこにいるんだね」
タテアキは電話の向こうでいきなりそう言った。
タテアキの声だとわかる。
タテアキの声は特殊だ。
一度聞いたなら忘れない。
少し掠れたその声は、どこかから呼びかけるような響きを持つ。
声と言葉は呪なのだとタテアキから聞いた。
タテアキの声は呪なのだ。
男はタテアキの突然の言葉に戸惑う。
だが、それ自体はもう慣れた。
タテアキは説明を嫌う。
「説明なんて、全部終わってからでいい」
それがタテアキの考え方だともう知ってる。
タテアキは専門家だ。
師匠が知る専門家の中では一番の腕利きだ。
それを言ったなら「俺がアイツに劣ると?」と弟の恋人がキレそうだが、タテアキの実力は男はよく知っているから仕方ない。
タテアキは「科学者」だと自分の事を霊能者扱いされるのを嫌う。
だが、タテアキが介入する事件はどういう形であれ、絶対に収束する。
ただ、それは。
誰もが望む形ではないかもしれない。
男が戸惑いいやな感じがしたのは、タテアキがかけてきた携帯端末についてだった。
タテアキがかけてきた電話は少年の携帯端末だったのだ。
男のモノではなく。
タテアキは少年と面識がない。
少年の携帯番号など知るはずがない。
タテアキは男が誰と住んでるかに興味などないから、少年の存在は知らないし、師匠と連絡がついてかけてくるのなら、知ってる男の携帯番号にかけてくるはずだ。
「タテアキさん?どこにいるんです?」
男は聞き返す。
ていねいに。
タテアキは見かけはアレだが自分よりも10は年上なのだ。
「おや、君か。師匠のところの。じゃあ、君の知り合いかな?憑かれているのは」
タテアキが面白そうに言った。
男だと分からずに話していたらしい。
恐らく、少年だと思って。
師匠からの連絡ではなく、タテアキは少年の中に居るものを追ってきたのだとわかった。
嫌な予感がする。
タテアキは相当『面白い』事件じゃない限り自分からは追ってこない。
タテアキが面白いと思うモノはろくなものじゃない。
それを知っていたからだ。
「丁度いい。ボクが行くまでソレを逃がすな。ソレは人を喰いつくしたらまた新しい寄生先をみつける。いまいる入れ物から出すな」
タテアキの言葉にキレそうになる。
入れ物なんかではない。
男の可愛い少年なのだ。
だが、頼る相手は他にない。
ムッとしたが、冷静に話を続ける。
男は意外と大人なのだ。
「逃げるもなにも・・・」
少年が逃げるはずがない。
その時だった。
うがはさらか
ひなかはらたあ
少年が突然叫んだ。
何を言ってるのかかわからない。
「おいっ!!」
男は目を見張る。
少年の身体が反り返った。
男の趣味で男のパジャマの上だけを着せていた上半身が反り返る。
背骨が折れるかと思う位にそりかえり、実際つま先に頭がついた。
少年の身体は柔らかいが、絶対にこんなことは無理だ。
いや、これは。
ヨガの達人でも無理な動き出しだった。
人間の骨格を無視してる。
ならさなゎあ
やから、たかはり
顎が外れる程口を開いて少年がわめく。
目玉が飛び出る程に見開かれた目。
顔には血管が浮かび上がっていた。
腰から背後に折れるように反り返り、伸ばした手はありえない方角に曲がっていた。
飛び出した目玉、裂けるように開かれた口。
可愛いらしい少年の姿はどこにもなかった。
かりさなやわかは
からはかなやささ
少年は喚いた。
そして、腰から背後に折り畳まれたままの姿でベッドから跳ね上がったのだった。
そして天井に着地した。
背後に折れ曲がり、天井からぶら下がるように立つ少年は、自分のふくらはぎに後頭部をつけながら、醜く歪んだ姿で男を睨みつけていた。
いや、男ではなく、電話の向こうにいるタテアキを。
なやさらななや
らさらややさら
しゃがれた声が変わり果てた姿からする。
上しか着てないバジャマのせいで、何も着ていない下半身の性器は剥き出しになっていたのが、奇妙にユーモラスなのに、でもまったく笑えなかった。
「逃がさないでくれよ、逃がしたら、その入れ物は死ぬからね」
タテアキが言った。
真剣だった。
タテアキは少年の中にいるものを逃がしたく無いのだ。
男は呆然とベッドの上の天井からぶら下がる少年を見ていた。
どうすればいいのかさっぱりわからなかった。
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