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夢魔 26

男は意識を失った少年を抱きしめていた。 大丈夫。 息はある。 やっと、「本当に」眠っているだけだ。 「終わり、でええんですよね」 男はタテアキに聞いた。 タテアキは答えなかった。 タテアキは部屋の窓を開けたりするのに忙しかったからだ。 鳥のために。 羽根の代わりに鱗をまとった、少年の身長よりも巨大な、真っ白な鳥。 鮮やかな紅い嘴を開けて一声鳴いた。 金属を擦り合わせるような声で。 それにはでも確かに音階とリズムがあり、「言葉」だとわかった。 この鳥には知性があるのだ。 「ええ、また」 タテアキは「鳥」にむかって言った。 珍しい柔らかな笑みさえみせながら。 鳥はもう一声鳴いて。 窓から出ていった。 窓の外の闇に溶けるように 巨大な鳥が飛んでいるとしても誰も気にしないだろう。 この鳥がみえるものは限られているのだから。 それはもう男も知っていた。 「『終わった』よ」 やっと タテアキが教えてくれた。 聞かれる前に、さっさと説明をしてくれた。 「取り憑いていたのは『夢魔蟲』だ。人間の脳内での快楽物質を繁殖期に必要とする。そして今出ていったのが『 』だ。まだ人間の言葉での名前がない。彼女も繁殖期に『夢魔蟲』を必要とする」 タテアキは『鳥』を分からない言葉で読んだ。不思議なこすれるような発音で。 『鳥』の『言葉』に似ていた。 彼女、あの鳥メスなんや、と変なところに男は納得していた。 「彼女に良い餌をさがすように頼まれててね、ずっと『夢魔蟲』を追っていた。彼女の生まれてくる子供のためだ。なんとしてでも見つけたかった。夢魔蟲はもう見つけにくくてね。これをのがすと彼女の次の繁殖期は数百年後だ。間に合って良かった」 タテアキは満足そうだった。 人間ではなく、そちら側からの依頼で蟲を追ってたらしい。 力を借りる変わりに、力も貸す。 タテアキ達はそうやって、向こう側のモノ達と付き合っている。 契約は絶対なので、人間からの依頼より真剣にタテアキは向こう側からの依頼は受けている。 「彼女は・・・良い子を産むだろう」 タテアキは嬉しそうだった。 卵じゃないのかとは思ったが、あまりに嬉しそうなので男は思わず聞いてしまった。 「あんたが父親ちゃうやんな?」 タテアキのセクシャリテイは謎だか、人間の女に興味がないのは知ってる。 まさか。 鳥? 「違うよ。彼女は人間の男なんか必要じゃない」 タテアキはなぜか残念そうに言ったので、男は怯えた。 オレよりヤバい奴がおる。と。 だが、終わったことは確かだった。 でも、タテアキは続けた。 「彼は前に怪異に犯されてるね。その精を何度も注がれている。だから目をつけられたし、でもそれが彼を守った。そうじゃないならもっと早く死んでる。ボクの『弟』から聞いてると思うけど、怪異と交わった人間は人間から遠ざかる。夢魔蟲と関わったことで、また彼は向こう側にいくだろう。1度深く関わるとどんどん引き込まれる。・・・いつか人じゃなくなるかもね。それでもいい?」 タテアキは突然そんなことを言ってきた。 男は笑った。 そんなことか。 「コイツはコイツやかまへん。オレのや」 男は言い切った。 「そう」 なぜか珍しくタテアキが笑った。 でも不思議そうに眉を寄せた。 「で、なんでその子を犯してるわけ?、なんで今なわけ?」 タテアキは淡々と聞く。 男が意識がなくなった少年の中でゆっくり動き始めていたからだ だらんとした身体を愛しげに抱きしめ、夢魔蟲が放った精をかきだすように動いていた。 「蟲の痕を消しとかんとな。掻き出してオレので満たしておかんと。オレのや。オレだけの。誰に何に何されようとオレのやからな」 男は当たり前のように言った。 「なるほど。君くらい倫理感がない方がこの子を受け入れられそうだな。この子はますます、狙われるだろうからね。また何かに犯されることもあるだろう。この子にはもう印があるから」 タテアキは何故だかすっかり感心していた。 「オレのや。渡さん」 嫉妬はあっても、それは少年へ向けられるものではない。 誰でも抱く男だからこその、倫理感がないからこその独特の倫理観。 「君なら、こちら側に彼を引き止められるかもね」 平然と人前で気持ちよさそうに少年の上で動く男に、なぜか感動できるタテアキにも普通の倫理感は無さそうではある。 「コイツはオレの傍におる。ずっとな」 男はそう言いながら、少年の中を楽しんだ。 意識は無くしても。 その中は暖かで、自分に懐いて。 可愛いかった。 「その子のことならいつでもおいで。相談にのる」 タテアキは部屋を出る前に言った。 極めて珍しいことだった。 タテアキは。 人間じゃなければ優しい。 つまり。 少年は。 でも男には関係なかった。 とりあえず今は、自分だけのモノになった。 それに喜んで。 目が覚めたなら、優しくして。 たくさん優しくして。 優しくされなれてないから困った顔をする姿を愛でてやる。 離す気などない。 「可愛い」 男は少年に囁いて。 その奥に注ぎ込んだ。 少年に近づく人間なら避けられる。 最悪殺せばいい。 だが、怪異は別だ。 タテアキがそういうなら、また少年は「何か」に犯されるだろう。 それは避けられない。 だが。 絶対にヤツらになどにくれてやらない。 少年は男のだけのモノなのだ。 「オレの傍におれ」 男は懇願した。 それは懇願だった。 でも、まだ男にもそれがわかっていなかった。 少年が可愛いすぎて。 男はまた動き始めてしまった。 第1話 夢魔 おわり

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