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仮面 3
「黙って食え、このグズが!!」
彼は冷ややかにその人に言った。
3人は食卓を囲んでいた。
朝ごはんだ。
「褒めてるだけやん、おまえのご飯が最高やって」
その人はニコニコして言う。
だが、彼は舌打ちした。
冷ややかな沈黙がつづく。
少年は固まる。
少年は育った環境上、人間の顔色を伺ってしまうのだ。
「照れちゃって可愛い」
その人は明るく言ったので少年は怯える。
少年は虐待されて育ったので不機嫌な人間を煽りたてるような真似は絶対にしない。
そんな恐ろしい。
「だまれ言うとるやろうが、この低能!!」
ほら、彼に怒鳴られた。
少年は怒鳴り声に身をすくめた。
怒鳴り声は怖い。
でも怒鳴られてもその人の笑顔は変わらない。
美味しそうに味噌汁をのみ、焼かれた鮭と卵焼きをたいらげていく。
「美味いで、食べてみ?」
笑顔で少年に言ってくる。
その笑顔に押されて味噌汁を飲む。
「美味し・・・」
素直に言ってしまう程美味しかった。
こんな味噌汁飲んだことなかった。
「やろ?」
その人が笑う。
「・・・・・・黙って食えって言ってるやろうが」
彼が罵る。
でも、今度は少年にもそこには照れがあることがわかった。
少年の隣りで烈しいセックスは朝まで続けられ、なんなら少年がそこにいるのさえ、彼を追い込む道具として使われていたような気もするが、終わった後、ベッドの上で怯えて座っている少年に気付き、謝罪したのはその人だった。
彼は少年の視線に噛み跡や吸い跡だらけの真っ白な身体を真っ赤に染めてふとんの中に隠れてしまった。
布団につつんでそのままシャワーまで連れていったのはその人だ。
セックスの間はサディスティックだったけど、終わってしまうとその人は優しい。
とにかく優しい。
彼にはデロデロに優しい。
むしろ意地悪で高慢なのは彼の方で、セックスの最中、ひどくされながら「キライにならないで」 と泣いて縋っていた人間とはとても思えない。
でも・・・
「嫌わんといてぇ・・・」
そう泣いて抱かれていた彼の言葉が少年には刺さる。
それはまさに男に抱かれる度にそう思う自分の言葉でもあるのだ。
少年は前は彼が怖かった。
けれど、今はちょっと違うように思えてきた。
「・・・味噌汁、作り方教えてもらえませんか」
思わず聞いてしまったのは、こんな美味しい味噌汁を男にのも飲ませてやりたかったからだけど、少し彼が怖くなくなったのもある。
彼は初めて会った時ほど少年にはキツく当たらなくなっていたのでききやすかったのもある。
「・・・ええで」
そう、彼は突き放したりはしなかった。
初めて会った時ほどのぞんざいさはない。
でも、それは。
あまり良く無いことだとわかっている。
タテアキと同じで。
彼も相手が人で無くなれば無くなるほど優しくなる種類の人間だからだ。
それは少年がもう人間から離れて・・・
少年は考えないことにした。
不幸に慣れた人間らしく、少年は考えても仕方ないないことを考えない。
「兄貴は帰ってこうへんの?」
その人が尋ねてくる。
少年は首をふる。
「わかりません」
出ていったならいつ帰ってくるのかわからない。
「俺があんたに最低限の術をかける準備が終わるのにあと、数日はかかる。それまでは俺達もここにおるけど・・・ええ?、今日からは俺達は隣りの部屋に・・・」
最後の方は小さな声で彼は言った。
寝室と居間、そして、男の衣装部屋になってる部屋しかない。
居間のソファで2人は無理だとおもって同じ部屋に布団を敷いたのは少年だった。
考えが足りなかったのは自分だと反省している。
若い2人がしたがらないはずがない。
自分だって男がいる日は毎日のようにしてるのに。
「ごめんなぁ、するつもりなかったんやけど、コイツがほんまに可愛いから・・・」
その人も申し訳なさそうに言った。
可愛いがってしているとは思えない抱き方だったのだが。
少なくとも男に可愛いがられている少年にはそう思える抱き方だったのだが、まあ、この人にはあれが「可愛がって」いることになるんだろう、少年は納得した。
押さえつけ、酷く抉り、血が出るまで噛んだり、「聞こえてもいいんか」とか脅したりするのが可愛がるならそうなんだろうな、と。
まあ、この人が彼を愛していることは少年にだってわかる。
それを彼がわからないのは不思議だが。
また彼が少年の目の前で抱かれたことを思い出したのか真っ赤になる。
分厚く顔を覆う前髪のせいて表情はわからないが、その普段は血の気のない青白い肌は雄弁だった。
ガリガリの身体、モサモサした髪で覆われた顔。
こうして見ると口が悪くて態度も悪く、偉そうなだけの青年にしか彼は見えないが、夜、あの人に髪をかきあげられ、顔を露にした彼は壮絶なまでに美しかったのをもう少年はしっている。
「・・・」
白く長い指まで真っ赤になって震えているので、とてつもなく羞恥を感じでいるのはわかる。
そして、それを見て何故かその人が舌なめずりしたのも気づいてしまう。
嗜虐心を少し理解できたような気はした。
恥ずかしがるこの人は確かにとても可愛いのだろう。
でも、2人の行為に巻き込まれるのは勘弁でもあった。
合意としても。
嗜虐的なセックスは少年には見るのは困るので。
「ごめんごめん、もう目の前でしたりせんからね」
その人に謝られて受け入れる。
コクコクと頷く。
それにこの部屋の主は男であって少年ではない。
居候の自分が男の弟であるその人に何を言えるわけもない。
「兄ちゃんに怒られるやん。めっちゃ大事にしてんのに」
優しい目で見て言われて、少年は頷く。
男は少年を大切にしてくれている。
優しい人だから。
過分すぎるほどだ。
「優しい・・・人、だから」
小さな声で言う。
その人は目を丸くして、そして大声で笑った。
「兄ちゃんが優しい?ない、ないわ!!あれはゲスやで。血が繋がっていてもあの男がゲス以外の何ものでもないと断言出来るわ!!」
腹をかかえて笑われた。
少年は怒る。
自分のためにおこられなくても、男のためになら怒る。
「優しい・・・です!!オレをここに置いてくれてれる!!」
必死で言う。
「1度誰もいいから男を抱いてみたい」そんな理由でだいてみた少年を、いまだに面倒みてくれている。
そんな人は生まれて初めてだ。
こんな傷だらけのいろんな男に使われてきた身体を大切に宝物みたいに抱いてくれる。「優しくする」と最初に約束したから。
泣きそうになる。
その人はそれ以上男のことを悪く言わなかった。
優しい目で少年を見た。
それは気の毒そうな目でもあった。
「まあ、そういうことにしとこか」
その人は微笑んだ。
その笑顔は少し、男に似ていて、やはり兄弟なんだな、と思った。
そして、昨夜みた彼の素顔はタテアキに少し似ていて。
やはりこちらも兄弟なんだな、と。
彼らは少年を助けるためにこの街まで来てくれたのだった。
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