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仮面 5
「買い物してくるけど、何か買うてくるもんある?」
その人に言われて少年は首を振る。
少年は術が終わるまでこのマンションから出ない方がいい、と男に言われているのだ。
出たからと言って化け物にはら確実に襲われるわけではないが、少年が狙われるのは男としては避けたいからだ。
もちろん少年にも異論がない。
化け物に犯されるのはゴメンだ。
買い物等はあの人がしてくれるし、「他人がつくった飯など、マズくて食えるか」という理由で料理は彼がしてくれてる
だから少年は部屋で掃除や洗濯くらいしかすることがない。
なので少年は今は休んでる夜間高校の勉強していた。
勉強は大変だ。
小学校も中学校もろくに行ってなかったから。
でも男にも手伝ってもらって、なんとか高校生になれた。
でも、勉強は楽しい。
わからないし、難しいけど。
「えらいなぁ。勉強好きなん?僕なんか高校は部活と友達と遊ぶためにしか行ってなかったで」
カラカラとその人が笑う
おそらく2つか3つ程上なだけ。
その人は進学しないで、今はフリーターなのだと言っていた。
「アイツと違って僕にはしたいことなんかあらへんし」
と笑ってた。
バイトの合間に彼の「仕事」の手伝いをしてるのだと。
「オレは・・・何の役にも立たないのに学校まで行かせてもらって・・・」
少年は申し訳なくて仕方ない気持ちを漏らす。
「何でもしたいことあったらしたらええんやで」
そう男は言ってくれてるけど、自分に何ができるのかなんてわからない。
何も知らない何も出来ない。
とにかく高校は卒業しようと思ってる、それだけで。
本当に男には申しわけなくて。
「いや、確かになぁ。兄ちゃんは君を自由にしようとしてるもんなぁ。学校なんか行かさんと、化け物から守るって理由でこの部屋から出さんようにして、閉じ込めてしまう方が絶対いいやん?誰にも見せへん。誰にもさわらせへんようにしたらええのに。僕ならそうするのに、でもせえへん」
その人はため息をついた。
彼を閉じ込めてしまいたいのだ、とわかった。
「でもあなたもしてない」
少年は言う。
彼は自由に出歩いている。
『研究』のためならどこまでも。
「アイツが望まへんからな。でも、別に君はべつに嫌じゃないやろう、閉じ込められても。兄ちゃんがそうしろ言うたらかまへんやろ。でも、兄ちゃんはせん。そこが僕には分からへん」
不思議そうにその人は言った。
そう。
そうだ。
男がそうしろと言えば、少年はこの部屋からでないだろう。
それでいい。
不満などない。
少年を閉じ込めたところで何が楽しいのかわからないけれど構わない。
ずっと閉じ込められてきたようなモノだ。
逃げることを許されず、きたない部屋で父親が連れてくる男達と、父親に犯されてきたのだから。
優しくしてくれる男と2人だけで居られるなら、むしろ天国でしかない。
でも、男は学校に行かせてくれて。
友達を作れとも言って。
男は自分に何を求めてくれているのだろう。
何も返せないのに。
考える度にいつも少年が途方にくれることだ。
「まあ、こういうとこは僕より兄貴のがマトモなんはわかってるんやけどね。僕はアイツを閉じ込められる正当な理由があるんやったら喜んで閉じ込めるよね。」
しみじみと言われて、怖いと思った。
この人は本当に閉じ込めたいのだ。
しないけど。
でも、そうしたい気持だけはひしひしと伝わってきて、怖い。
「兄ちゃんは。ゲスやし最低やけど。君に関しては真面目やで。まあ、未成年者に手を出している段階でアウトやけどな!!まあ、兄ちゃんの評価は最初から下がりようもないほど低いけど、でも、まあ・・・、どう考えても兄ちゃんはアカンな。いや、嫌になったらさっさと捨てるんやで」
複雑な顔でその人に言われたけれど、少年はブンブンと首を振る。
少年から離れることなんて出来ない。
1度言ってしまったから、止められなくなってしまった。
「好き」なのだ。
あれから抱かれる度に言ってしまってる。
自分なんかの気持ちはを男は構わないと言ってくれてる。
「好きでおれ」といってくれてる。
だから離れられない。
それにこの世界のどこにも他に行くところなんかない。
「そうか・・・」
何故かその人はため息をつく。
何故?
男は優しい。
とても優しい。
酷いことなんてされたことがないのに。
車のクラクションが鳴った。
マンションの外で。
それだけでわかった。
男がかえってきたのだと。
男の車のクラクションの音を少年は間違えない。
昼だと帰ってきたぞ、とマンションの下から鳴らすからだ。
男は高級車に乗りたいらしいが、仕事で使うため目立たない国産のセダンに乗ってる。
「高いもんがええにこしたことない」という価値観である男にしては地味だが、師匠の命令で仕方ないらしい。
少年には車はどうでもいいが、男の車のクラクションは聞き分けられる。
いつもならベランダに出るが、今は彼が少年にマーキングをほどこすまでは部屋の中から出ることを禁じられている。
部屋の中は結界が貼られているから安全だからだ。
なので、窓に張り付くようにして外を見る。
「ああ、兄ちゃん帰ってきたの。スゴいね、わかんの。犬みたいやね、君」
その人は感心したように言う。
少年とその人は並んで窓から外を見た。
男が帰ってきていた。
ただし。
車に女性を2人乗せて。
マンション地下の駐車場に車をこれから入れるつもりだろう。
男は笑顔で車の窓から身を乗り出し少年にむかって手を振った。
助手席の女は男にしなだれかかっていたし、後ろの席の女は後ろから男の首に手をまわしていた。
綺麗な派手な、金の沢山かかった、男好みの女の人達だった。
指の爪から、流れる髪から、毛穴のない肌、おそらく綺麗な靴の中の脚の爪まで、お金がふんだんにかかってる。
女も金がかかった女が男は好きだ。
金がかかってて悪いもんはない、という理屈で。
少年みたいに貧相でも傷だらけでもない、美しい女達。
でも、この部屋には入れない。
それは知ってる。
少年と出かけていて、途中で少年にちょっと待ってるように言って、女性とトイレでセックスしてきたりしても、この部屋に女性は入れない。
この部屋のドアの前でセックスしても部屋にはいれない。
多分、車を駐車場に置いたら女性達のためにタクシーを呼ぶのだろう。
もしかしたら駐車場の車の中でもう一度くらい女達を抱くかもしれない。
でも部屋には入れない。
知ってる。
わかってる。
部屋には来ない。
きっと。
だけど、胸が痛んだ。
「やっぱり殺しとく?」
その人が困ったように、それでも本気で言ってくれたが、少年は首をもげるくらいに振る。
男は何も。
何も。
悪くない。
勝手に傷ついているだけたから。
少年が。
男は女達をまとわりつかせたまま、車を駐車場へと進めてしまった。
「やっぱり殺さなあかんな」
その人がキレ気味で言ったので、袖を掴んで首をさらに振る。
「そんなに首振ったら首とれんで?」
心配された。
「いいの?」
聞かれても頷くしかない。
何故それがいけないのかなんて、少年にはわからないからだった。
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