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仮面 6

男はなかなか部屋まで上がって来なかったので、そういうことなのだろう。 部屋に上がってきた時は1人だったが、その服はみだれていたし、女達の香水の匂いがした。 高価な香水。 高級美容院でトリートメントされた髪とエステで磨かれた肌を持つ、全身余すところなく金のかかった女達の匂い。 金粉を纏ったような夢のような女達。 緩めたシャツの首筋に赤いキスマークがみえてしまった。 それでも。 少年は笑って男を迎えた。 胸の痛みは痛み。 それでも。 男が帰ってくるのは嬉しい。 微笑みは微笑み。 「おかえりなさい」 小さな声で言う。 「ただいま」 屈託なく男は笑って、少年に目を細めた。 優しく抱きしめられる。 女達の匂いが漂う。 女達は帰ったのだろう。 タクシーで。 また怒ったのだろうか 部屋にはいれないことに。 少なくとも。 この部屋に入れるのは少年だけなのだ。 そこには確かにすがりつきたくなる惨めな優越感があり、それを認めたくない、不似合いな自尊心もある。 匂い。 男の笑顔。 抱きしめられること。 少年は自分の心がいろんな想いを叫び始めることに蓋をする。 無意味だから。 「可愛いなぁ・・・」 男の声は甘いのだから。 抱きしめられる嬉しさと、自分ではみないようにしている感情に挟まれる。 「こんのぉクソゴミがぁ!!」 罵声と共に何かが音を立てて飛んできた。 少年を抱きしめたまま男は僅かに顔を逸らしてそれを避けた。 それが怒り狂ったその人のつま先だと、少年かわかったのはもう一度蹴りが飛んできたのときだった。 少年をかかえたまま、ダンスでもするみたいに軽々と男はまた避けた。 「コイツに当たったどうするんや、危ないやろが!!」 男も弟であるその人に怒鳴った。 「そういう心配が出来るんやったら少しは考えたれ!!!大事にしたれ!!」 その人が怒鳴る。 「しとるわ!!めちゃくちゃ大事にしとるわ!!オレはお前みたいに恋人ヤリ殺したりせんわ!!」 男が怒鳴る。 「ヤリ殺してない!!ちょっと可愛がりすぎてたまに寝込ませてしまうだけや!!兄ちゃんみたいにマンションの駐車場にまで女連れ込んで見せつけるような真似はしとらんわ!!」 その人がさけぶ。 ヤリ殺す、寝込ます。 激しいサディスティックなセックスを思い出して納得する。 「オレはお前と違う。コイツに酷いことなんか絶対せん。酷いことしたりせんために女抱いとる。とくにしばらく離れていた後にはちゃんと女を抱いて酷いことをせんようにしてるんや!!それのどこがわるい!!」 男は愛おしげに少年を抱きしめながら言い切る。 本気で言ってるのだ。 まちがいない 男にとっては駐車場やドアの前で女を抱くことさえ少年のためなのだ。 はげしく酷く女達を抱いて少年にはそうしないために。 それに対して何一つわるいと思っていないのだ。 「お前みたいに寝込ませたりせんわ!!そんな酷いことなんかせん!!絶対にせん、優しく優しくしかせん」 男は愛おしげに少年を撫でる。 その指からは女達の匂い。 少年は苦しい。 分からない苦しい。 でも男の指は優しい。 それは嘘じゃない。 「なんでやなんでや、なんで僕がこんなゲスに言い負かされたみたいになってるんや!!」 その人がくやしげにさけぶ。 あの抱き方を見ているかぎり、やりすぎてしまうことが何度も何度もあったのだろう。 それが男を責めきれない理由になっているらしい。 「ゲスやのに、コイツゲスやのに!!」 恋人一途で、他に目をやらないが、はげしく恋人を責めて酷いほどに追い詰めてしまうその人と、沢山の女を酷く抱いても絶対に少年には優しくしかしない男。 違うようで。 この兄弟は良く似ているのかもしれなかった。

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