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仮面 8

「さて、準備は調った。儀式を行う。今回は俺がいるからこそ行える儀式や。言うとくけど、タテアキごときでは出来へんからな!!」 彼が胸を張る。 儀式は部屋の中で行われる。 少年を外に出すわけにはいかないからだ。 特別な道具も何もない。 ただ、彼は新品の美しい桐の長持を要求した。 「長持て?何ソレ?」 男は首を捻った。 だが、和道具の店で見つけてきた。 長持。 それは美しい桐の衣装箱のことだった。 家紋は何でもいいとのことで、月をあしらった紋をたのんだ。 三日月のようなカーブを描いて背中に集中している少年の火傷のことを「おまえの三日月」と男が呼んでるからだろう。 三日月紋。 少年のための箱だった。 美しい箱の値段に少年は怯えたが、男はいつも通り「気にすな」と言った。 美しいその桐の箱がテーブルを廊下に片付けた居間に置かれている。 部屋の四隅に蝋燭を立てる。 蝋燭か灯る。 「電気の光はあまりお好きやないんや」 彼は恭しく言う。 誰が? 人間には態度が悪い彼が敬意を払っている時点でお察しでもある タテアキよろしく彼も説明を面倒くさがる。 術の準備と称して数日出歩いていたが、何してたかも教えてくれない。 ただ、少年に意志だけは確認した。 「生きてる間はできる限り怪異を遠ざけたいな?死んだ後の死体はどうでもいいな?」 そんなことを。 別に自分が死んだ後の死体なんてどうでもいいので頷いた。 怪異に犯されることは出来るだけ避けたい。 というより、怪異なんかとこれ以上関わりになりたくない。 「さて、儀式を行う」 恭しく彼が言った。 蝋燭だけの光で部屋が照らされる。 何が呪文や儀式めいたものを期待していたのだが、何もなかった。 ただ、桐の箱が部屋の真ん中にあるだけだ。 彼、あの人、男、少年が桐の箱を囲むように立っている。 少年は男が前に買ってくれたスーツを着せられて、髪も整えられている。 「正装しろ」と言われたのだ。 男が綺麗に髪まで整えてくれた。 男が「カッコイイぞ」と言ってわらってくれたけど、七五三にしか見えないと少年は自分では思う。 「後でぬがしてやる。スーツエロいな」 そう囁かれたのは秘密だ。 ものすごく丁寧に部屋は掃除させられて、絹の敷物でソファも全てを覆いかぶせるように敷かれている。 「今回、人間ごときのために、御協力いただくのは・・・」 彼は儀式を始めるために恭しく言い始めたが「人間ごとき」と当たり前のように言い放ったのを少年は聞き逃さなかった。 彼の価値観は若干、いや、大幅にアチラ側にあることがなんだか不安要素なのだ。 怪異には良いことが人間には良いこととは限らない、というのは少年にもわかるので。 それは男にも彼の隣りにいるその人にも同じらしく、不安げに彼を見つめている。 「高貴なる方や。麗しく、高貴で慈悲深い。俺が以前お手伝いした事があったことをことのほかよろこんで下さって、今回のお話を受けて下さった。普通なら絶対にないことや。俺のおかげやぞ。タテアキなんぞではこんなご縁はとりつげん。人間ごときが姫様とご縁の約束など普通はさせてもらえへんからな。仲人たてて縁を結ぶなどこの1000年はなかった話やからな」 早くちでまくし立てられ、気になるワードをぶちまけられる。 仲人、ご縁、縁を結ぶ? そこは男が口を挟んだ。 「おい、誰と誰を結婚させる気だ」 焦りと怒りが入り交じっている。 「そら、この子と姫様や」 あっさり言われた。 「はあ?!」 男がキレる。 「時間や。姫様がいらっしゃった」 嬉しげに彼が言った。 会えるのが嬉しくて仕方ないかのような口振りだ。 そのあまりにも嬉しそうな様子に、少年の隣りのその人がピクリと反応する。 サディスティックな笑みが口元に浮かんでいたのを少年は見逃さない。 少年は加害の空気には詳しいのだ。 だが。 キレてるの男も。 イラつきかけのその人も。 それ以上騒ぐことはなかった。 コツン コツン 桐の箱。 美しい長持と呼ばれる衣装箱の中から蓋を叩く音がしたからだ。 確かに中に何も入っていないのを部屋の真ん中に設置した時に全員が確認している。 それに何より。 部屋の空気が変わっていた。 男が汗をかいていた。 無意識に身体が構えている。 その人は笑みを消し、犬歯を剥き出しにしていた。 「恐れるな。敬え」 彼が静かに言った。 その意味はわかる。 箱の中には。 凄まじいモノがいた。 圧倒的な。 何か、が。

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