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仮面 9

蓋が開いた。 まず出てきたのは白く発光するような美しい腕だった。 大理石の白さに、絹よりも柔らかい肌。 続けて出てきたのは美しい女の顔。 長い滑らかな髪は黒々と艶やかで。 淡い笑みを浮かべた唇は柔らかく赤く。 柔和な瞳は闇が透き通るようだった 「はなわかり あやさらさ」 美しい声か言った。 そして、その目はにこやかに少年に向けられた。 美しいのに。 優しげなのに 少年は身動きすらとれない。 震えて、泣きそうになる。 動けないのは男もその人も「そう」で。 蝋燭の灯りしかない部屋で、空気が重く押しつぶすようにのしかかってくる。 「かなわらさら かなわわかは」 少年を見つめて女は言った。 「姫様お久しぶりです・・・、お気に召されましたか?良かったです。ではご縁をむすびましょう」 彼が箱から頭だけを出している女に微笑んだ。 「縁・・・ってどういうことや!!コイツはオレのや!!」 男が冷たい汗をかきながら、それでも少年の前に立ち塞がった。 「安心せぇ、その子が死んでからの話や。ちゃんと天寿を全うした後、抜け殻になった死体は姫様の大切な卵の揺籃になる。姫様は先日めでたくご結婚をなされて、夫君と結ばれ、そして夫君を全て食べられた。しかし卵を産まれるにはまだまだ時間がかかる。卵を産むたもの揺籃、つまり、卵の父となるモノとしてその子を使って下さるという、これは、名誉なことなんやで。夫君の次の地位、言わば2番目の夫と同じやぞ!!」 とても有難いことなのだ、と彼は言った。 「簡単に言うたら、その子が死んだら死体に卵を産み付ける、ということなんか?」 分かりやすくその人が言った。 「まあ、そうや。その子の死体から姫様の子供たちが産まれる」 彼が頷いた。 「あかんに決まってるやろ!!」 男がキレた。 「何言うてんねん!!生きてる間に犯されて喰われるよりは、死んだ後の死体なんかどうでもええやろ。俺かて死んだ後の死体はもうやる相手は決めてるわ!!俺の可愛い可愛い赤と黒が俺を食うことになっとるわ!!」 彼が怒鳴りかえす。 赤と黒というのは彼の契約している2匹の怪異だ。 良く連れ歩いている。 猿やうさぎに似た、幼児位の大きさの生き物だ。 どうやら死んだ後に彼らに自分の身体を喰わせてやることで契約していたらしい。 さすがの男も絶句する。 「オレはいいです。死体なんてどうでもいいです」 少年は男に言う。 犯されるのも生きたまま喰われるのもごめんだった。 死体なんて。 どうでもいい 「オレが嫌や。お前の身体はオレにとってはどうでも良いもんやないんや!!」 男が言った。 「そうや、僕かてお前を赤と黒にやるなんてまだ認めてへんぞ!!」 その人も言った 「お前を食わせるくらいならオレが喰われる」 男。 「お前を食わせるくらいならオレが喰う」 その人。 男は目を見開いて弟であるその人を見つめる。 そして怒鳴った。 「恋人を喰うな!!」 実にマトモな意見だった。 「ああ、うるさい姫様の前やぞ!!」 彼が怒鳴った。 女は箱の中からにっこりほほ笑んだ。 その微笑みに全員が黙った。 美しく、無邪気な微笑みがおそろしかったからだ。 圧倒的に。 「ならさたまやなら ならさあまやらな」 女はゆっくりと箱から出てきた。 一糸も纏わずに。 裸の上半身は美しく、豊かな胸がこぼれていて、柔らかい肌の上に長い髪が流れる。 女は裸を恥ずかしいともおもっていないようだった。 優美な曲線を描いた腰、そして、むき出しの性器さえ見えた。 幼い頃から自身の性的指向など関係なく、父親や男達に犯されてきた少年は生まれて初めてみる女性の身体にとまどった。 でも、誰もが目をそらせなかった。 美し過ぎて。 だが。 その女に尻や脚などは存在しなかった。 毛の生えてない女性器の下にあるはずの、脚の付け根も脚も存在しなかった。 白い身体に続くのは黒々と光る蟲の長い胴体。 外殻が複雑に重なり合う。 そして、蟲の多肢の代わりに、何本もの人間の腕が蠢いていた。 女の身体は下半身が蟲だった。 長い長い胴体に沢山の脚がある、巨大な虫、そのモノだった。 ただし、その脚は人間の腕で出来ていた。 色んな肌の色、男の腕、女の腕、細い腕、ふとい腕。 それらが虫の脚の代わりに蠢いていて。 女は狭い部屋をその長い長い胴体で埋めてしまうためか、まだ胴体の大半を箱の中に入れたままだった。 箱は本来入るはずがない長い長い女の肉体をその中に収めていた。 だから。 この箱が、アチラとこちらを繋いでいるだけだわかった。 人間の上半身と女性器を持つ蟲。 それが女だった 「蟲姫様や恐れ多い。跪け」 彼が言った。 そして彼は長い胴体でとぐろを巻く女に恭しく跪いた。 少年もフラフラと跪く。 そして、驚くべきことに男とその人でさえそれに従った。 男は真っ白な顔をして、それでも少年を守るかのように少年の前て、跪く。 男でさえ逆らえない圧倒的な力の差があるのだとわかった。 女の存在感は圧倒的だった。 完全なる強者だった。 それがわかる。 彼女がのぞめば簡単に殺されてしまうのだと。 「この子が天寿を全うし死んだ後、姫様はこの子死体に卵を産み付ける。それは婚姻に準ずることや。姫さまと交尾できる人間は1人だけやが、卵の寄生先になれる人間も1人しかおらん。それは姫様の夫と同じ扱いになる。つまり、それは・・・姫様の加護を死ぬまで受けられるということになる。これは大変名誉なことでもあるんや」 彼は説明した。 そう。 ここにいるのは圧倒的な強さの怪異。 その守護をつけるために怪異と少年を契約させようとしているのだ。彼は。 「姫さまの夫に害を成そうとする怪異はそうはおらん。怪異にとって『強さ』は絶対やからな」 彼は女のことを誇らしげに語った。 女に心酔しているのがわかる。 跪いたその人が、彼の隣りでピクピク震えているのはそれなりに怖かった。 恋人が自分以外に惚れ込んでいるのが気に入らないのだろう。 だが、その人さえ押さえ込んでしまうだけの圧力を女は放っていた。 怪異同様、『強さ』が絶対な男やその人にも、女の『強さ』は効いている。 「だめだ。コイツはやらん。オレをやる」 それでも男はあがらった。 「オレではだめか?」 女を見上げた。 恐ろしい、自分など簡単に殺してしまえる怪異に。 「オレが死んだならオレの身体を好きに使え。だからコイツは・・・」 傲慢な男が懇願していた。 男は知っていた。 自分では少年を守れないことを。 「何を!!選ぶのは姫様であって、誰でもええわけやないわ!!俺がお話して、尚且つ姫様にこの子の匂いや心映えについてお伝えして、そしてその子は『童貞』やからな。そして、何よりも『俺』の、他ならぬ『俺』の頼みやから聞いてくれたんやぞ。女に汚いお前なんぞ、姫様はいらんわ!!浮気モンなんか姫様は要らない!!いらんのじゃ!!」 何故か彼がキレる。 「・・・・・・ダメです!!オレの死んだ後のことなんてきにしないで。死んだあとどうなろうとオレは気にしないんだから・・・」 少年は男に縋り付く。 「気にするわ!!お前は散々人に身体好きにされてきて、身体傷だらけにされて。死んだ後まで好きにさせたくないんや!!!お前の身体はな、お前が大好きなオレに優しくされるだけでええんや!!」 男は怒鳴りこそしなかったが、強く少年に言った。 「・・・お前が望まないことをオレはさせたくないんや・・・」 男の目は真剣だった。 それを女は見ていた。 美しい目で。 柔和でたおやかな表情からは何を考えているのかは伝わらなかった。 人間の腕で出来た脚が動く。 多肢の虫、そのモノの動きで数ある腕が動き女を男の傍に連れていく。 男も少年も身動きできない。 女の存在感は圧倒的だった。 女は男の前で止まり、上半身の美しい指で男の顎をあげ、その顔を覗き込んだ。 豊かな胸が跪く男の前で揺れ、美しく長い髪に男の、顔が覆われる。 髪のベールの中から美しい女が男を見下ろす。 「はらさかな はさかやら?」 女は聞いた。 美しい唇で。 意味はわかった。 「大事や。誰よりも」 男は答えた。 女は美しく微笑んだ。 男の頬を撫でた。 「はなかさらやな はらさなやわた」 女は宣言した。 そしてまた男から離れていく。 慎ましく。 「 ええ・・・姫様、コイツゲスですよ!!姫様に相応しくないのに・・・」 何故か不平を言ったのは彼だった。 「なんて?」 男が聞く。 女はニコニコと男と少年を見下ろしていた。 「先に死んだ方を『夫』にするからこの子を守って長生きさせなさいって・・・」 不満そうに彼は言った。 「お前ごときが姫様の『夫』だなんて・・・姫様はお優しいから・・・」 彼はギリギリと歯を噛んだ。 「先に死なせません」 男は女に頭を下げた。 少年はただ、途方にくれていた。 でも。 泣いていた。 この世界に命のない肉片になっても惜しんでくれる人がいることに。 そして、少年も誓う。 心の中で。 男より先に死ぬ。と。 男を守って先に死ぬ。 少年にとっても男の命がなくなったとしても、その身体は大切なものだから。 「なやからはら なかららさな」 女が優しく笑った。 二人の考えを見透かすように。 「ええ?・・・まあ、とにかく、儀式を行う!!」 納得いかないように彼は儀式を進めることにした

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