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仮面 10
儀式は呆気ないほど簡単だった。
女の美しい髪を彼は恭しく一筋切り取りそれを三つ編みにした。
それを小さな親指の先ほどの銀細工の箱に入れる。
その箱には銀の細い鎖がついていて、それを彼が少年の首にかけた。
「これでお前は姫様の眷属や。このお守りをその身から離さないこと。これを身につけてる限り、お前を襲う怪異はそうはおらん」
彼は言った
女は優しく微笑んでいた。
にこやかに。
女が少年に近づいた。
隣りで男が緊張するのがわかる。
だが、少年は恐ろしくもあったけれど、何故か女を信じていた。
女の目の奥に何かが見えた気がして。
こんな恐ろしい怪異と自分との間に有り得るはずのない共感があるように思えて。
何メートルもあるだろう蟲の胴体のほとんどは箱の中にいれたまま女は少年の前に来た。
美しい女の顔と優しい手が少年の前にあった。
「はらさかりは
はらさなやか」
優しい声で囁かれ、いとおしむように頬を撫でられた。
「姫様は先日夫君と結ばれ、無事夫君をお食べになられた」
彼の言葉が思い出された。
愛する人を食べる怪異なのだ。
それが愛である怪異。
でも。
わかった。
わかった。
愛する人に出来うる限りのことをしてあげたい、その気持ちが。
食べることさえも。
それが出来ることでその人も望んだから、そうしたのだと。
「愛してもいい」
そう怪異は教えてくれていた。
少年の愛なんかを。
こんな自分の気持ちを。
恐ろしい怪異は肯定してくれていた。
「ありがとうございます・・・」
少年は泣いた。
この人になら卵を産み付けられてもいい、と思った。
死体がどうなろうとどうても良かったのとは違って、この人の卵の苗床になりたい、と思った。
「感謝してるけど、コイツはオレのやから」
男が焦ったように言った。
女は微笑みでそれに返した。
「そうしなさい」とでも言うかのように。
女はもう一度微笑むと、するすると箱の中に消えていった。
パタン
箱の蓋がしまり、まるでなにもなかったかのように、蝋燭で照らされた部屋と。
部屋の真ん中にある美しい箱と。
脱力してへたりこんだ、男と、少年と、その人。
そして、納得いかなさそうな彼だけが残った。
「儀式ってこれだけかいや!!なんかもっと呪文とか術士の能力みたいなんあるんちゃうんかい!!」
その人が不満そうに言ったが、明らかにホッとしておた。
怪異が放つ圧力が凄まじかったからだ。
「アホ、お前らマンガやアニメの見すぎやろ。人間が人間以上になれる方法なんかないわ。術士の能力てのはどれだけ怪異と関係を築けるかやぞ。姫様ほどの怪異と関係を築けるのはオレ位や。小さな信頼と誠意の積み重ねの、関係性があってこそや。コミュニケーション能力がいるんや!!」
人間相手のコミュニケーション能力はゼロな彼が胸を張って言う。
術というのは結局のところ交渉術がほぼ全てらしい。
怪異と契約をとりつける能力こそが術士の全てのようで。
札や呪文や魔法陣、漢字やルーン文字が発光しながら飛びまわるモノではない、契約をとりつける営業マンの能力みたいなのが、術士だというのがなんか地味だな、と少年も少しガッカリしたのは内緒だ。
「タテアキよりも俺のが力ある怪異と契約してるし、信頼も実績もある!!」
彼は胸を張った。
まさしくトップ営業マン仕草だった。
「おもてたんとちゃうやろ?」
男が 少年に笑ってくれた。
緊迫した空気が消えていた。
首にかかったペンダントを少年は握る。
これで。
これで。
とりあえずは一安心なのだ、
「姫様姫様言いやがって!!そんなにあの女がいいんか!!」
その人が我慢してきたのを爆発させ始める。
「え?!いや、姫様への気持ちにそんなやましいモノは・・・」
彼が焦る。
突如始まった痴話喧嘩の傍らで、少年はホッとしていて、泣きそうになるほど嬉しかった。
自分の肉体を初めて好きになった。
セックスが出来る肉片みたいにしか感じてこなかった肉体を、男はこの魂が無くなっても大事に思ってくれることを知ったから。
この肉体に価値などないと思ってた。
痛めつけられ使われる身体を、自分とは切り離して生きてきた。
でも。
「女がええとか思わさんようにしたらなあかんな・・・」
その人が唸っている。
「ええ?・・・違う違うんやって・・・」
彼が怯えてて。
「ベッド借りるからな!!」
その人が怒鳴って彼を担ぎあげ、居間を去っていく。
「やりすぎんなや!!」
男はその人の背中に声をかけた。
「止めろや、このゲス野郎!!」
彼の悲鳴は無視する。
そして。
男は少年に向かって笑ってくれた。
「お前をあの蟲には渡さんで、オレは」
その言葉は本気で。
彼を助けるべきなんだろうかと悩むのを忘れてしまって、少年は泣きながら頷いた。
「やめ・・・ああっ・・いやっ・・・そんなぁっ・・・!!いきなり・・・ああっ・・・!!!」
寝室から彼の声が聞こえてきたけれど。
「まあ、アイツらはほっといて、メシでも行こか。しばらく外に出てなかったもんな」
男は少年の頭を撫でた。
少年はスーツ姿で。
それが似合ってるとまたほめてくれて。
「そんな服着ないけへんところでメシ食って、ゆっくりその服脱がせてやるわ」
男は少年の手をとった。
少年はその手を握る。
繋がれる手があることが嬉しくて。
とにかく。
とにかく。
少年は少し。
自分の身体を好きになれたのだった。
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