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仮面 12
「甘イ・・・甘イーイイ」
耳元で囁く声がする。
人間はいない。
この薄暗い通りにいるのは少年と、そう、細長い影だけた。
影がぺったりとまとまわりつく。
声だけがリアルだ。
ゾワゾワとくる寒気に少年は耐える。
「オマ エ 甘イーイイ」
吐息の熱さに鳥肌が立つ。
首筋を舐められた。
味わうように。
「甘甘甘甘イーイイイーイイ!!」
歓喜の声がした。
少年はふるえながらペンダントを握りしめた。
美しいあの人を思い出しながら。
蟲の身体を持つ姫君。
蟲姫様。
助けてください、とねがう。
「きたやなろさなや!!」
影は喚いた。
ペンダントに気付いたのだ。
金切り声をあげ、建物と建物の隙間の影に溶け込んでいく。
少年はホッとする。
もう何度かこういうことがあった。
少年は「かれら」にとって美味しい食べ物らしく、何度も見つかり喰われそうになり、ペンダントのおかげて免れている。
「身につけて離すな」
と彼から何度も何度も念押しされた。
彼はあの人と西へと帰って行った。
痩せた身体をヨロヨロさせていたのは、あの人に酷く貪られたせいで。
甲斐甲斐しく支えている優しいあの人が、あんなになるなんて、実際目にしないとわからない物だとまだ少年は驚いている。
1度は見ているからこそ、信じられる。
彼を案じる少年に「あの二人はな、あれで互いにベタ惚れなんやからほっとけや」と男は笑うだけだった。
あの人が彼を愛してるのは傍目からも明白だし、酷くされながらも「嫌いにならんで」と泣く彼もそうなんだろうけど。
いつか彼をあの人が食い尽くしてしまうのではないかと心配になるのはどうしようもなかったけれど。
でも。
それは幸せなのかも。
男は少年をとても大事にしてくれるけど、少年だけでは足りない。
少年だけにして、少年を食い尽くしてくれても、少年は別に構わないのに。
絶対にでもしない。
それは。
男が少年を大事に思ってるからこそで。
そこまで考えて、でも考えてもどうしようもないことなので、少年は考えるのをやめた。
学校からの帰りだった。
男は3日前に出ていってからかえってこない。
今日は帰って来るだろうか。
メールも電話もないのは大変な案件なのだと分かってるので心配でならない。
なにも出来ないのがつらい。
自分には何も。
慣れない家事を懸命するだけで、さほど魅力的じゃない身体しか持ってないけれども、自分ばかり気持ち良くされて甘やされるだけで。
なんとなく。
彼があの人に酷く犯されているのが羨ましいとも思うのだ。
恐らく彼も納得してる。
自分も彼も。
相手に愛されるだけのモノがあるとは思ってないから。
彼は酷くされてもそれに納得してるんだと思う。
これで傍に居られると。
酷さの中に快楽を見つけてイキ狂っていたのは、虐待されていた少年と同じだけど、彼はそこに愛と安心と幸せを見つけ出している。
自分に与えられるモノがあることに。
自分には。
何も。
何も。
ない。
与えられるだけに怯える。
うれしさ以上に怖さがある。
なにも奪われることなくただ与えられることに
何か、
何か。
何か。
男に与えられるものがあるといいのに。
少年は溜息をついた。
スーパーに寄ってひき肉を買おう。
ハンバーグをつくって冷凍しておけは、男がかえってきてときに出せる。
男はハンバーグとかオムレツとか子どもっぽいモノが意外と好きだ。
そしてビールを買っておかないと。
アメリカのビールが好きだ。
少年はスーパーへ行くために角をまがった。
そして。
出会った。
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