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仮面 26
夜が来た。
前に自分を守るように男がしたように札を貼り、香を焚く。
こんなのはあてにはならない。
これは見つからないようにするためのものだ。
イガラシはもう見つかって身体を弄られている。
仮面の怪異はどこにいたってイガラシを見つける。
怪異とイガラシの間にはもう道が出来ているのだ。
だが。
時間稼ぎくらいには。
見つけにくなって、臭いを辿ろうとして、香にジャマされて分からなくなる程度には。
「紙に書いたただの字にそれほどの力があるわけないやろ」
彼が言ってた。
付呪や魔法陣などが凄い魔法だと思っている自体が漫画やアニメやラノベの見すぎなんだと。
「上手くいって催眠術、まあ、普通はとても上手な説得程度」の効き目しかない、と。
最終的には怪異との問題は交渉以外はないのだと。
だが、今回の仮面の怪異は菌類なので、交渉の余地はない。
だからこそやりようもある、というのが彼の意見でもある。
人間と違って特定の人間の精を貪るのに、怪異はその人間との関係性をもとめる。
婚姻などだ。
申し込みをして、契約を結ぶ。
人間がそれと知らないで受け入れてしまっている場合、ほぼ交渉の余地はない。
だが菌類相手にそれはない。
この前の蟲もそうだが。
交渉自体がない。
感情も明確な意志もないからだ。
本能のみだ。
執着もやいからやりやすい、というのは彼の意見だが、今のイガラシと少年にとってはあまり助けにはならない。
最終的には彼に任せるしかないのだが、1晩でも。
少しでも、イガラシが犯されるのを止めたかった。
奥の部屋でイガラシは震えている。
少年は戸口の前で御札が貼ってあった刀を抜いて構える。
こんなもの。
持ったことがない。
でも、男の形の稽古を思い出し、それの真似をした。
夕暮れが訪れる。
逢魔が時。
怪異がやってくる。
窓から差し込む夕日の色が夕闇に変わっていく。
そして。
やってきた。
玄関のドアが叩かれる。
ドンドン
ドンドン
「開けてくれ、オレや。慌てて帰ってきたんや」
男の声がした。
一瞬開けそうになったが、少年は踏みとどまる。
少年には男が乗ってる車のエンジン音がわかる。
他の車がわからなくても、男の車はわかる。
玄関につく前に車のエンジンのその音で帰ってくるといつもわかる。
車で出ていった男が車を置いて帰ってくることはない。
これは、怪異が擬態しているのだ。
少なくとも、向こうも簡単には入れない位の効力は御札やお香にはあったらしい。
「開けてくれや・・・」
男の声で言われたなら開けたくなる気持ちを必死で抑える。
オレの大好きなあの人じゃない。
少年は言い聞かせる。
菌類なのに、こんな真似までできるのか。
少年は怖くなる。
だが。
イガラシを守れるのはもう少年しかいないのだ。
少年は刀を握り直した。
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