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仮面 31
男が自分を見ている。
その目が光っている。
無表情なのに、飢えてるみたいで。
いつもの小馬鹿にしたような皮肉っぽい笑みも、少年には向ける優しい笑顔もなかった。
怖くなった。
この表情の次にくるのは何?
流石に呆れた?
嫌になった?
少年は泣いていた。
自分の中にある傷つけられない場所なんか、この男のの前では意味が無くなってしまう。
どんなに罵倒され蔑まれて、身体を傷つけられても、「本当の自分」だけは守ってきたのに。
この男の前ではそれさえ役に立たない。
「本当に」傷付く。
今までの虐待なんか。
これに比べたらどうってことない。
嫌い?
嫌いになった?
もう。
終わり?
そして同時に安心もする。
嫌われたなら二度と男を失うことを恐れなくても良いのだと。
男はゆっくり近づいてきた。
手が伸ばされる。
殴られる、とは思わなかった。
でも、終わりが始まるための何かが始まる、とは思った。
だけど目を閉じた。
ちょっとだけ。
それを遅らせたくて。
「・・・そんな顔、すんなや・・・」
抱き寄せられた。
男の広い胸に。
「そんな顔、すんなや!!」
男は強く抱きしめた。
その強さに少年は驚く。
苦しい程だったから。
男は苦しいことや痛いことはしなかったから。
でも、抱きしめられただけで、抱きしめ続けていられるだけで。
暴力も蔑みもなかった。
少年を本当に傷つけられる男は。
少年を傷つけようとはしなかった。
「そんなに・・・オレが好きか?」
低い声からは感情が読み取れない。
「そんな顔して、そんなに怯えるくらい、オレが好きか?」
男の低い声に泣く。
そうだから。
どんな暴力もどんな言葉も少年を傷つけない。
本当には。
でも。
この男の言葉だけで少年は深く傷付くだろう。
本当に。
ずっと守り続けてきた自分さえ。
本当の自分に触れさせてしまったから。
生まれて初めて。
失いたくないと思ったもの。
男との毎日だった。
「・・・そうか・・・そんなにか・・・」
男は。
笑ったのかもしれない。
「お前やったらかまへんわ」
男は言った。
どういう意味なのかは分からなかった。
「お前ならええ」
男はまた囁いて。
更に強く少年を抱きしめた。
痛み苦しいほどに。
痛みと苦しみには慣れていて。
優しさよりも。
少年は安心したのだった。
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