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第25話 イケメン上司の料理が恋しくなり無事敗北
俺はなんとか貞操を守ることができた。
朝起きて、インスタントコーヒーの瓶を開けながら北山が言う。
「俺いつも朝食わないんですけど新木さんなんか食べたい人?」
「……別に……」
「あ。シリアルならあるかも。えーとたしかここに……」
棚の中から取り出したシリアルの袋を見て北山が舌打ちする。
「賞味期限切れだ。すいません、コーヒーしか無いっす。コンビニで朝飯なんか買ってきます?」
俺はぼうっとした頭で課長の部屋に泊まったときのことを思い出していた。
目が覚めたらキッチンから物音がして、リビングのドアを開けると必ず何かの焼けるいい匂いがする。
一人になって自宅で過ごしている時は忘れていたけど、こうして他人の家に泊まったら課長の部屋で過ごしたことをあれこれ思い出して比較してしまう自分がいた。
「クロックムッシュ食いたい……」
「はい?何むっしゅ?」
「いや、なんでもない。電車動いてるからもう俺帰るわ」
立ち上がってジャケットを羽織りカバンを持つ。
「え、コーヒーは?」
「おじゃましました……」
俺はとぼとぼと足を引きずって歩いた。あ、ポスター貰ってくんの忘れた。
もういいか。アイドルのポスターなんて別にいらねえ。
それよりクロックムッシュが食べたかったし、課長の入れたちゃんとしたコーヒーが飲みたかった。
チーズの焦げる匂い、キッチンで鼻歌を歌いながら料理する課長の彫りの深い顔。機嫌が良いときに右側だけ上がり気味になる口角。
俺は自宅に向かう途中で我慢できなくなり、ずっと読まずにいた課長からのメッセージを開いて見た。
”怒らせて悪かった。奏太をからかうつもりはなかったよ”
”本気で好きだから機嫌直してまたうちに来て”
”週末は奏太の好きな食べ物用意して待ってるからいつでもおいで”
俺はそれを見てちょっと泣きそうになった。自分の卑怯さに吐き気がする。
課長のこと最初に騙したのは俺だ。自分でゲイのフリして、課長のこと本気にさせておいて、ちゃんと話も聞かずに勘違いで罵って、その後全部うやむやにしようとしてメッセージも無視してた。
最低じゃん。
それでよくも課長のご飯食べたいとか思えるよな?
俺は自宅のドアの鍵を開け、カバンを放り投げてシャワーも浴びずにベッドに寝転んだ。
課長の家でこれやったら怒られるんだよな。ちゃんと着替えてからじゃないとベッドに寝るなって。
「ごめん暁斗さん……俺悪い奴だ」
たぶん謝ったら許してくれると思う。でも、それでどうするつもりなんだ俺は?
ごちゃごちゃ考えるのは元から嫌いだった。俺は寝てから考えようと思って目を瞑った。
◇◇◇
目が覚めたら夕方だった。結局朝飯も食わずに帰ってきてそのままだったから腹が減ったのは通り越してもう空腹も感じなかった。
でも俺は十分に寝てスッキリした頭で決定した。
課長の家に行く。
週末いつでもおいでって書いてたし。追い返されたらそれはそれで。
課長の好きそうな酒を買って行こう。
そうと決まったらまずシャワーを浴びる。急いで身支度を整えて俺は家を出た。
◇◇◇
行くと決めたら気が楽になって、久しぶりに課長に会って美味いものを食わせて貰えるのが楽しみになってきた。するとさっきまで感じてなかった空腹感がまた戻ってきた。
「正直な俺の腹め」
無駄な肉のついてない自分の腹を撫でる。
俺は課長に負けたことを認めた。北山はムカつく奴だったが、俺が暁斗さんに本気で惚れてることをわからせてくれたことだけは感謝しよう。あと、やっぱりポスターは今度お願いしてなんとか譲って貰えないかな?
俺はおっぱいが好きだが、暁斗さんも好きなのだ。別にそれでいいじゃないか。ゲイだとかゲイじゃないとかそういうのはもう考えるのよそう。
そして課長のマンションのエントランスで部屋の番号を入力して呼び出しボタンを押した。もしかしたら不在かもしれないとドキドキしながら応答を待つ。
『はい』
「あ……暁斗さん。俺です。奏太です」
『ああ、やっと来たか。どうぞ』
オートロックが解除される。酷いこと言ってまだ謝ってもいない上いきなり来たのに、いつもどおりの優しい声だった。ちょっとじーんと来たのは内緒だ。
エレベーターで部屋の階まで上がってインターホンを鳴らす。
すぐに足音が聞こえてドアが開いた。
「はーい」
そこに立っていたのは課長……ではなく……
「姉ちゃん……?は、え?なんで……??」
なぜか俺の姉(兄)が笑顔で俺を迎えた。
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