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ここでの生活
時崎組に戻り、玄関を開けると奥の台所でわいわいと騒ぐ声がしている。若い男たちの声はよく響いた。
ノジマが呆れたように肩を上げ、春人を振り返る。
「言ってきましょうか」
「そうだな……大きな仕事も終わったし肉でも出そうか」
「……ハイ」
そういうことではないんだよなと言いたげに返事をして、ノジマは一足先に屋内に上がり台所へと向かった。昼ごはんの準備をしているようで、あーでもないこーでもないと言い合いに発展しているのが玄関先にも微かに聞こえる。春人の要望が入れば話もまとまるのだろう。
緊張が途切れたことで一気にお腹が空いたのか、ぐるる……と小さく虫が鳴くのを聞いた。
車を閉まってきたタキも後ろから顔を出して、自分も当番へ行くことを伝える。
そこでふと伊織に妙案が浮かんだ。話が通るかはわからないが、話しても悪い事ではないように思える。チャンスを逃さないよう、靴を脱ぐタキの背中に声をかけた。
「タキさん! あの、俺も手伝わせてもらえないでしょうか!」
上がり框に片足をあげたままタキはビックリした顔を伊織に向けている。突然の提案に困惑もしているようで、揺れる視線の先に春人を映した。彼も考えが及んでいなかったのか、普段はクールに細められている目を大きくして伊織を見ている。
二人に注目されて恥ずかしさがあるまま、理由を話す。
「なにかできることがあるなら、やらせてほしいんです。今日の事も、これからのことにしても、足枷には変わらないので」
「ああ、いや。君がやりたいことなら妨げはしないよ。好きにやると良い。タキ、案内してやってくれ」
「はい! わかりました!」
じゃあ、と部屋の奥を示すタキに従って、伊織は春人に一礼してからついて行った。
曇りガラスの引き戸が空いた台所では、体の大きな男たちが三人集まっていた。戸の近くに立っていたノジマが伊織の姿を見つけると、片眉を引き上げてタキを見る。「手伝いです」とだけ答えたタキに頷きを返し、他は何も言うことなくその場を去って行った。意味は通ったのだろう。
ノジマによって春人の要望を聞かされた当番たちは、冷蔵庫や野菜が雑多に置かれている小さなスペースへ向き合っていた。
大人数での作業がしやすいように台所は広い。
冷蔵庫も大きいものが一つ。別に冷凍庫が近くに設置されている。根菜類が置かれている冷暗所のような小さなスペースには、カゴごとに種類が別れて置かれていた。
調理台は少し広いかなというぐらいで、一般家庭とそう変わらないように見える。壁にかかる調理器具や並ぶ調味料たちも数が多く、普段からみんなでごはんを一緒にすることも多いのだろう。一つの家族と変わらない生活に、少し親近感を覚えた。
「んじゃ、夜は油少な目。俺らに任せるってことで」
「金使いすぎんなよ」
「わかってるよ。したらあとはよろしく、買い出し行ってくる」
「おー」
冷蔵庫を確認していた一人が、もう一人近くの男へ声をかけて伊織たちの方へ足を向けた。
「お、タキお帰り。間に合ったな。と、網中さんもお疲れさまでした」
三人の中でも一番筋肉質な一人が片手を上げて挨拶をする。その声に気が付いたように、他の二人も同じように挨拶をして頭を静かに下げた。伊織もぺこりと頭を下げて、昼の手伝いに来たことを改めて伝えると、客にそんなことはさせられないと慌てられたが春人からの許可が下りていると知ると、安心したように「なら、お願いします」と買い出しに出て行った。
大勢いた台所だったが、結局は三人となった。
一人残った組員はタケミヤと名乗った。タキと同じ頃合いに組に入ったそうで、特に仲がいいらしい。二人で同じような失敗をしては、兄貴方から同じように怒られていたと紹介され、タケミヤ本人は不服そうだったがタキは嬉しそうに話している。その対比が可笑しくて伊織は頬が緩んでいった。
伊織の紹介はせずとも周知の通り。タケミヤになぜか握手を求められ、伊織は戸惑いながらも差し出された手を握り返す。柊一郎を助けてくれたことを深く感謝され、本当に組に愛された人物なんだなと再度認識させられた。
そうこうしている間にも時間は過ぎていき、三人は早速用意に取り掛かることに。
解凍した豚バラのブロック肉と、たくさんの根菜に葉物野菜。
本日の昼ごはんは塩豚丼と具沢山にした味噌汁だ。
今の時間帯に組内にいる数人分になるので、量が驚くほど多い。それぞれが自分の持ち場に着き作業を始め、伊織もタキの傍で野菜の下処理に加勢した。
「伊織さん包丁使うのうまいっすねー」
感嘆の声を漏らすタキに、土のついたゴボウを包丁の背で撫でながら、そうかな?と首を傾げた。
実家ではあまり家事らしいことはしてこなかったが、一人暮らしをするともなれば、嫌でも料理は身についてしまった。手の込んだものを作るほど好きではないが、一人分で食べたいものを作るとなれば苦にはならない。
「タキは信じられないくらいヘッタクソだったもんな」
「うるさいなー。練習してうまくなったからいいだろ」
口を尖らせてタケミヤを睨むタキに、彼は楽し気に鼻を鳴らす。
「皮剝けば全部分厚いし、大きさはバラバラだし、柔らかいものは潰すし……」
「だー!! 今は伊織さんの話なんだからいいでしょうよ!」
「はいはい。それで、網中さんは料理はできる方なんですか?」
「そこそこなら。自分の分を作るぐらいなら、ほぼ毎日だったから」
「そいつは凄い! 毎日のこととなれば大変でしたでしょう。実はオレ、元々バイトで調理してたんですけど、ここに入ってからも色んなところで修業みたいなことさせられたりもしたんですよ」
信じられないですよね、と言いながらも話すタケミヤは誇らしげだ。
なんでも、他の組や地元の自治体などから珍しい食材を頂いた際に料理できるよう、また普段の調理ではしないような魚の解体なんかをできるように、腕に覚えのあるものを呼び出して時崎組内でも処理できるよう学んで来いとお達しが下ったのだそうだ。
それが柊一郎のためになるのならと、タケミヤは喜んでいくつもの店に出向いて練習を重ねた。
実際、当人に褒められた時は体が熱を持つほど高揚したというのだから微笑ましい。
絶望的に下手だったというタキも、タケミヤに鍛えられてなんとか形になってきたのだから、成長できる場所があるのは素晴らしいことである。
伊織も自分の料理のレパートリーをぽつぽつと話してみたが、タケミヤと比べれば雲泥の差で恥ずかしくなる。
が、一人で生活しながら自炊をするだけでも凄い事ですよと、優しい笑みで言われると悪い気はしなかった。
照れを隠すために、ありがとうとお礼を言いながら、ささがきにできたゴボウを水の張ったボウルに移す。ふと目に留まった、隣に立って真剣な顔をしているタキの手元を見ると、薄切りにされたレンコンがいくつか穴を境にぶつぶつと割れていた。
なんだか昔の面影が見えたようで、伊織はタケミヤを振り返ってしまい、それに気が付いた彼と二人で小さく笑い合う。
不器用ながらも野菜に向き合うタキは、力の入った手の下で再び形を崩したレンコンに小声で「痛っ」と呟いて、「それは野菜のセリフだろ」とタケミヤに突っ込みを受けていた。
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