27 / 53

第27話 代償(1)

 用を足して手を洗い、ついでに顔も洗った。 「はー……」  鏡を見ると、ついため息が漏れてしまう。今までどんな酷い顔をしていたのかがわかって、余計に自己嫌悪に陥った。  白鳥がカミングアウトしたことについて、真剣に考えないとならなくなったことを、嘆きたい気分だった。碧に打ち明けたのは、きっと何か理由があるはずだ。次に店にきた時にどう対応すべきか、痛いほどの後悔とともに覚悟する。  それから武彦のことも、と考えていたところ、不意にドアが開いて、当の本人が入ってきた。 「碧」 「武彦……っ」  いきなり左手首を凄い力で掴まれ、壁に縫い付けられる。怒っているのがわかった。 「試写会、あの人と行ったのか」  だが、武彦の声は冷ややかと感じるほど冷静だった。 「そ……うなんだ。実は、店のお客さんと偶然会場ではち合わせて、一緒に観ませんかってことになって。それで、終わってから少し飲まないかって言われて……急だったから言いそびれて……、ごめん。でも、隠すつもりは……」  なぜこんなに急いで釈明をしているのか、自分でもよくわからないまま、碧は言葉を継いだ。 「言い訳だよな、それ」 「え?」  武彦はなぜか淡々としていて、手首を握られてさえいなければ、ただの事実確認にしか感じられなかっただろう。  だが、次の瞬間、武彦は冷静だった顔に少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。 「碧を誘うための、言い訳だよな? って言ったんだ」 「え、そんな……」  確かにそうかもしれない。というか、実際にそうだった。策にはまった碧が間抜けにも白鳥の思惑に気づかなかっただけで、同罪だと言われたようなものだった。

ともだちにシェアしよう!