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第27話 代償(1)
用を足して手を洗い、ついでに顔も洗った。
「はー……」
鏡を見ると、ついため息が漏れてしまう。今までどんな酷い顔をしていたのかがわかって、余計に自己嫌悪に陥った。
白鳥がカミングアウトしたことについて、真剣に考えないとならなくなったことを、嘆きたい気分だった。碧に打ち明けたのは、きっと何か理由があるはずだ。次に店にきた時にどう対応すべきか、痛いほどの後悔とともに覚悟する。
それから武彦のことも、と考えていたところ、不意にドアが開いて、当の本人が入ってきた。
「碧」
「武彦……っ」
いきなり左手首を凄い力で掴まれ、壁に縫い付けられる。怒っているのがわかった。
「試写会、あの人と行ったのか」
だが、武彦の声は冷ややかと感じるほど冷静だった。
「そ……うなんだ。実は、店のお客さんと偶然会場ではち合わせて、一緒に観ませんかってことになって。それで、終わってから少し飲まないかって言われて……急だったから言いそびれて……、ごめん。でも、隠すつもりは……」
なぜこんなに急いで釈明をしているのか、自分でもよくわからないまま、碧は言葉を継いだ。
「言い訳だよな、それ」
「え?」
武彦はなぜか淡々としていて、手首を握られてさえいなければ、ただの事実確認にしか感じられなかっただろう。
だが、次の瞬間、武彦は冷静だった顔に少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「碧を誘うための、言い訳だよな? って言ったんだ」
「え、そんな……」
確かにそうかもしれない。というか、実際にそうだった。策にはまった碧が間抜けにも白鳥の思惑に気づかなかっただけで、同罪だと言われたようなものだった。
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