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第3話 手(2)
「森宮碧さん、リフレクソロジストなんですね」
碧の名刺には金の箔押しで縁取られた森の木が描かれている。『男性専用リフレクソロジー専門店『mori』リフレクソロジスト 森宮碧』と印字されていて、名前のせいで時々経営者と間違われるが、しがないただの従業員だ。
リフレクソロジーは、足裏の反射学に基づいた疲労回復のメソッドを用い、人を癒すものだ。日本では、主に「英国式」と「台湾式」の二種類が有名で、碧の店も「英国式」を冠している。が、実はリフレクソロジーの発祥はアメリカで、あん摩マッサージ指圧師免許か、医師免許がないと日本では施術を行うことができない。碧は、前者の資格を取得していた。
男性専用と冠してあるせいか、時々変なサービスをする店と勘違いされもするが、至って健全だし、実は女性向けの高級エステと同じぐらい客単価が高い。
しかし、青年は素直な性質のようで、その点を説明するまでもなく、納得してくれたようだった。
「和泉武彦(いずみたけひこ)さんは、建築士さんですか」
「まだ駆け出しですから、先輩にこき使われてます。そういえば、『mori』のもこもこした看板、見たことがありますよ。駅前、だったかな」
「映画館が近くにあるので、重宝してますよ」
さりげなくリバイバル上映中の作品のファンであることを伝えると、武彦の顔が綻んだ。
「面白いですよね、『グッドマン』シリーズ。寝といて説得力皆無ですけど……」
「お疲れだったんですね」
「すみません」
謝ることないのに、と碧がクスリと笑うと、武彦は弱った顔で照れた。
「森宮さんの手が心地よくて、つい眠ってしまいました。俺としたことが不覚です」
「手、ですか……」
「ええ。あ、男に握られても嬉しくないですよね……本当にすみませんでした」
「いや、嬉しいですよ」
「えっ」
「あ、いや、違くて……!」
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