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第6話 縁再び(2)
「不眠症?」
映画館にほど近いところにある飲食店街の、スペイン風バルで少し飲むと、武彦は恥ずかしそうに事情を打ち明けてくれた。
「今年に入って、少し大きな案件を任されてから、眠りづらくなってしまって。事務所の人手も足りてないし、補充がくるまでは堪えないとと思ってるんですが」
武彦は小皿にスペイン風オムレツを取り分けると、眉を下げて、その重い話題を笑い話にしようとした。
「でも好きな映画を爆音で観ている時だけは、不思議と眠れることに気づいてしまって。それで映画館に。ファンの風上にも置けませんけど」
話してみると、武彦は確かに今リバイバル上映中の『グッドマン』シリーズのファンであるらしく、来月にくる最新作の試写会にも応募していた。
テオドア・ゴールマン監督により映画化された『グッドマン』シリーズは、十九世紀の英国をベースにしたスチームパンクな世界観の中で、主人公のヒーロー、グッドマンが、悪役バッドスティンガーと戦う、苦悩と葛藤の物語だ。二十年以上かけてシリーズ化された作品群は、一昨年、ついに十作の大台に乗り、来月には待望の十一作目が日米同時上映されることになっていた。
「試写会、当たったら、眠り癖だけは治しておかないと……こんなの、ファン失格って言われても、言い訳できないですし」
「僕はそうは思わないですけど、せっかく楽しみにしてたのに、最後まで観られないのは残念ですよね」
「そうなんですよ。新作で寝るなんて、もったいなくて。せめて寝不足が解消されたら、寝落ちすることもないかなとか、考えてはいるんですけど……。睡眠のコントロールがこんなに難しいなんて、眠れなくなって初めてわかりました」
日本でも非常に人気の高い『グッドマン』シリーズは、ファンの規模が大きいだけに、派閥も様々あり、新しく流入してきたファンと古参のファンがネット上では互いに牽制し合っていたりする一大ジャンルだ。碧はどの派閥にも属さず、わりとざっくばらんに観たものに対して感想を抱くタイプなため、既存のファンとの交流が難しいと感じることもある。
もしかすると、武彦もそういう巷では珍しいタイプなのかもしれない。そう思うと嬉しかった。
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