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第30話 告白(2)

 白鳥は静かに碧の話を聞いていたが、やがてぽつりと呟いた。 「……そういえば、きみには名刺を渡していなかったな。私が何者かわからなくて、不便をかけていたらすまないことをした」 「いえ、決してそんなことは……」  碧の勤める店では、担当を決める時にカルテを作成するが、白鳥のカルテにはただ「会社役員」としか書かれていなかった。従って白鳥が何者なのか、碧は把握していなかったが、施術をするのに問題はなかった。  だから白鳥から渡された名刺を見た時、碧はただ呆然とするほかなかった。  名刺には『リラクゼーションサロン WhiteSwan 代表取締役 白鳥幸彦』と書かれていた。 (同業者……)  青ざめ、ショックを隠せずにいる碧に、白鳥はおもむろに口を開いた。 「きみが何をそんなに思い詰めているかは知らないが、私は、きみにお願いがあって、外で逢うような真似をした。森宮くん。私の経営するサロンで働いてみないか?」 「え……?」  意味をはかりかねて聞き直すと白鳥は微笑した。 「きみを店長として引き抜きたい、という話をしているんだ」  その言葉に碧は息を呑んだ。  同時に、なぜ誰もが白鳥に対して慇懃な態度を崩さなかったのか、その理由がわかった。  白鳥が同業者だと知っていたのだ。六本木店にきて間もなかった碧には、当時、その辺りの事情がよく呑み込めていなかった。白鳥が懐に入ってしまったあとで、誰も何も言わなかったのは、あくまで羽振りのいい「客」としての振舞いを白鳥が崩さなかったせいだろう。 「どうして……僕なんか、を」 「きみの手に惚れている。『mori』に視察を兼ねていった時、最初は皆が私に対して冷たかった。しかしきみだけは差別なく、でき得る限りのサービスを提供してくれた。感動的だったよ。こんな人間が、私には必要だと思った」  普段温厚な白鳥が碧を口説く口調は、まるで溢れる熱を抑えているように聞こえる。

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