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第32話 告白(4)

「新宿店からの移動の経緯を、私は知っている。よく耐えたね。そして道に迷わなかった。きみは立派だ。その上で、私はきみが欲しいんだ。今度、新宿と銀座に一店舗ずつサロンをオープンさせる。二店のうち、どちらかをきみに仕切ってもらいたい。もちろん、数ヶ月は研修生として腕を磨いてもらい、そのあとで店長代理としてきみを入れ、ひいては店を任せるつもり──いや、これはただの建前でしかない。森宮くん」  白鳥はそこで言葉を切ると、碧の冷たい指先にそっと指を絡めてきた。いたわるように触れられ、白鳥がなぜこの話をしているのか、次第に碧は理解できるような気がした。 「私はきみのことが好きだ。何も知らずにと思うかもしれないが、きみと話していると、とても自由になれる気がする。だから、きみと公私ともに支え合えるパートナーになりたい。そんな夢のために嘘をついている私も、大概、最低だとは思わないか?」 「っ」  柔らかな口調で言われ、碧は顔を上げた。白鳥は、切なげな表情で碧を見ていた。 「白鳥さん……」  断ろうと口を開く寸前、白鳥の人差し指が碧の唇を上から押さえた。それ以上は言ってくれるな、答えはわかっている、との仕草に、胸を突かれた。 「……せめて考えてから返事をしてくれ。無理を言っているのは承知している。だが、どうしても私はきみが欲しい」  心が揺れる。碧の築いた壁を突き崩してくれる人。碧の誠実さを評価してくれる人。脳裏を武彦の面影が過ぎり、ふと、なんの憂いも迷いもなく、白鳥にまっすぐ飛び込めたら、どれほどいいだろう、と思った。 「裏に私のプライベートナンバーが書いてある。いつでも、どんな話でも、かけてきてくれてかまわないから」  白鳥はそう言い置くと、碧を駅の改札口へと向かって送り出した。 「いい返事を期待しているが、そうでなくともかまわない」  そう言い残した白鳥の誠実さが、今の碧にはただ、痛かった。

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