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第36話 二時間半(3)
ロングランだった『グッドマン』の最新作も、今週いっぱいで上映が終了する。
毎週のように映画館で武彦と待ち合わせをする日々がこなくなって、季節はすっかり晩秋となっていた。
トレンチコートの前をかき合わせ、碧は映画館に足を運ぶことが苦痛になる前に、習慣を変えた方がいいかもしれない、と考えた。だが、今日で終わるなら、終わりまで見届けよう、と碧はかなわぬ想いを込めてカウンターでチケットを買い求めた。
「すみません、彼の隣の席、空いてますか?」
碧がチケットを受け取ると、横からスーツ姿の男性がひとり、割り込んできた。
「あ……」
ふわりと重めのフレグランスが香る。振り返った碧は目を瞠り、ぎゅ、とチケットを持った手を握りしめた。
「どうして──」
白鳥が、「やあ」と穏やかに微笑んだ。
碧は二の句が継げず、カウンターでもう一枚、碧の隣の席のチケットを買い求めた白鳥を見た。
白鳥は視線で碧を促すと、ロビーの真ん中らへんで立ち止まった。
「『mori』の副店長昇格試験を受けたんだってね? お疲れさま。きみから先日の件について、返事を聞きたいと思ってね」
どこから情報が入るのか、白鳥は碧の動向を知っていた。穏やかな反面、ビジネスに関しては恐ろしい嗅覚を持っていることに、碧は内心、舌を巻いた。
「いこうか」
白鳥は、そっと碧の背中を掌で押した。
「ま、待ってください……待って、っ」
ようやく我に返り立ち止まった碧を、白鳥は振り返り、硬い口調になった。
「すまないが、きみを慮ってやれるのも、これきりだ」
「え?」
「返事がないのが返事だと、自分に言い聞かせていたが、きみが金曜のレイトショーによくいくと言っていたことを思い出した。きてみて良かったよ。きみと最後に映画を見られるなら、素敵な想い出になる」
「白鳥さん……」
白鳥は、立ち止まった碧の手首を取り、引いた。館内に連れ込まれながら、手首を振り払うことができずに、碧は静かに煩悶した。
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