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第37話 二時間半(4)
白鳥が隣りに現れた時、碧は武彦がきたのだと一瞬だけ期待した。その瞬間、欲しいのは白鳥でなく、武彦なのだと思い知ってしまった。
「きなさい」
「ちょ、ちょっと待っ……白鳥さんっ」
館内の椅子に座らされ、手すりに置いた左手を、ぎゅ、と握られる。まだ人がまばらで、上映時間まで少し間がある館内は明るかった。
「二時間半だ。二時間半だけ、私に時間を譲ってくれ。映画を観るだけで、何もやましいことはしない」
「っそれは……わかって、ます……でも」
白鳥の言うように、並んでスクリーンで映画を鑑賞するだけなのだろう。しかし、白鳥が隣りにいる碧の左手を包んだ時、思いがけない速さで、脳裏を武彦との想い出が過ぎった。
「っ、だめです……白鳥さん……っ」
「森宮くん」
「ごめんなさい」
滲んだ声が出た。
「僕が好きなのは、あなたじゃない。あなたじゃダメなんです……っ」
武彦との面影がチラつくのに、このまま白鳥とはいられないと思う。どんなに優しく誤魔化されても、武彦との時間を白鳥に上書きされたくない。たとえもう二度と武彦とこうしていられないとしても、その事実は変わらない。碧は歯を食いしばった。
「森宮くん、私は……」
「僕があなたを好きじゃないのに、あなたは一緒にいて満足しますか? 僕は違うと思います。僕の身体をを拘束したからといって、心まで手に入るわけじゃない。子どもみたいに執着したって、違うってわかったら、あなたはきっと後悔する。今の僕が、そうであるように……」
碧は必死で声を続けた。
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