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第38話 二時間半(5)
「気づいてるんでしょう? 白鳥さん、あなたは聡明な人だ。僕には別に好きな人がいます。だから、あなたとは……」
たとえ武彦との間が終わってしまっていたとしても、白鳥になびく真似はできない。自分に不誠実に生きたところで、いつかきっと、後悔することになる。
「あなたとは、過ごせません。これが僕の答えです。……ごめんなさい。今までお世話になりました。たくさん良くしていただいて、ありがとうございました。でも、力づくで動かされても、僕の意志は変わりません」
碧が振り絞るように言うと、白鳥は手の力を抜いた。
「後悔しないと……?」
「しません。しても、僕はあなたのものにはなれません。好きな人が、いますから……」
「その好きな人は、きみを大事にしてくれているのか?」
その問いほど碧を切り裂くものはなかった。けれど、ゆくしかなかった。その道をゆくことで、どれほど傷だらけになったとしても、白鳥を選ぶことはできない。
「……喧嘩中です。破綻するかもしれません。でも、それも含めて、好きなんです」
「──そうか……」
小さなため息と同時に、白鳥は手を退かし、俯いた。座席から自由になった碧は、まるで解き放たれた蝶のように席を立つと、白鳥に一礼し、踵を返した。
背後で一言、「この私が振られるとは、ね」との声が聞こえたが、それは不思議と明るい色を帯びていた。
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