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第3話 情交の果て 其の三

 いつの間に戻ってきたのだろう。  全く気配を感じなかった。  部屋の入り口である、開けっ放しの障子戸に背を向けて、上掛けを頭から被っているこの姿を、何と思われたのだろう。  頭上から、くすりと竜紅人(りゅこうと)の笑い声が、聞こえた気がした。 「……そんな声で何回も呼ぶなよ、かさい」  そう言いながら上掛けごと抱きしめられて、香彩(かさい)はびくりと身体を震わせる。  聞かれていた。  いや、聞こえていたのだと香彩は気付いて、恥ずかしくて堪らなくなった。  真竜は人よりも優れた聴力を持っていることは、知識として知っていた。知っていたけれども、まさかあんな小さな呟きすら聞こえるだなんて、思ってもみなかったのだ。  動揺して意識がそちらを向いた所為か、つつと、新たに溢れ太腿を伝う竜紅人の熱を感じて、香彩は声を抑えるために、奥歯を噛み締める。  いたたまれないところに更に恥ずかしいことが重なって、もうどうすればいいのか分からない。  分からないというのに。 「顔……見せろよ、かさい。お前の顔が見たい」  上掛け越しに掛けられた低い声が、やけに甘くて優しくて、どきりと胸が鳴った。  求めていたそのぬくもりすら、今は少し憎らしく感じてしまう。  絶対に、わざとだ。  今のこの瞬間に、そんなことを言う竜紅人は、絶対に意地悪だと思うのに。 「……かさい」  更に低く、そして甘く掠れた声を耳に吹き込まれて、再び香彩の身体はぴくりと反応する。 (……ずるい)  甘いのに容赦のない声が、反則で卑怯だと思う。  決して『御手付(みてつ)き』を従わせる『竜の(こえ)』ではない。  それなのに、その声の甘さに負けてしまう。  おずおずと香彩は、頭まで被っていた上掛けを下げて、竜紅人を見る。    いっとう優しげな伽羅色が、そこにあった。  思わず高鳴る胸に、堪らず香彩が竜紅人の名前を呼ぶ。やはりその声は掠れていて、上手く声が出せない。  竜紅人がやや目を見張った後、くすりと笑ったのが分かった。 「……随分と色気のある声になってるな。……水、飲むか?」  香彩が頷けば、待ってろと囁いた竜紅人が、すっと立ち上がる。そんな些細な動きすら何故か動揺してしまい、胸がどきりと脈打つのが妙に憎らしく感じた。  

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