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第40話 悪戯 其の一
「……ん……」
眠そうな、くぐもった声を上げて香彩 は、ゆっくりと目を開けた。
ぼぉうとする視界の中、自分は今まで何をしていたのか、そんなことを思いながらも、ゆうるりと意識が世界を認識する。
「……っ」
目の前には多分、湯浴衣だろうか。袷が乱れ、隆々とした胸筋が晒されていた。頭の下には腕があって、香彩の肩を抱くように回されている。彼の半身にすっぽりと収まり、眠っていたらしい。
(……すごく温かい)
その体温がとても心地良い。
眠りから目が醒めて、竜紅人 が隣にいて、体温を感じられることが、とても嬉しかった。
(さっきは……ちょっと、さみしかったから)
一度目の事後、竜紅人が身体を拭く為の布や湯、替えの敷包布や上掛けを、用意してくれている最中 に目が醒めた。
気配は感じるが部屋に、隣にいない竜紅人を想い、彼の名前を呼び続け、聴覚の良い彼に聞かれていたのは記憶に新しい。
あれだけ愛されたというのに、目覚めた時に竜紅人の温もりがないというだけで、寂しいと思い、彼を望む声を上げてしまったのだ。
だからこそいまこうして、竜紅人の体温に包まれていることに、香彩は何も言い表すことの出来ない、安心感と幸せを感じていた。
湯浴衣が乱れ、雄々しい胸筋を惜し気もなく晒している姿に気恥ずかしさを感じるが、自分も似たような格好であることに気付く。彼に抱かれている肩が、湯浴衣から剥き出しになっていて、直接肌から彼の体温が伝わるようだった。
(……そういえば、これ……竜紅人が着せてくれたんだよね)
湯殿にあった、同じ湯浴衣を着ている。ただそれだけだというのに、これもまた妙な気恥ずかしさを覚える。
しかもどうやって着せて貰ったのか、香彩は全く覚えていなかった。
(……一緒に湯船に入ったところまでは、覚えてるんだけど……)
向かい合うように抱えられて、温かい湯に入って。後孔に伸びる形良い指に、もう無理だと言った。
──掻き出すだけだから……少し、我慢……な?
宥めるような竜紅人の、低くて優しい声を思い出す。目合いを伴わない艶声を聞かれたくなくて、声を押し殺して。
後始末が全て終わった頃には、眠くて仕方なくて、竜紅人の首筋に頬を擦り寄せた。
彼には全て見透かされていたのか、子供の頃のようにあやされて。
とても温かくて幸せで堪らない気持ちのまま、眠ってしまったのだ。
自分を湯から上げて湯浴衣に着替えさせて。
きっとこの寝所の敷栲 や上掛けが、さらさらでとても気持ちいいのも、竜紅人が替えてくれたからだろう。
甘やかされている、という自覚はあった。
床の上での意地の悪いことや、嫉妬のあまり、ひどいと思うこともされたが、全ては『甘やかし』が前提なのだ。
そう思うとやはりまた、堪らない気持ちになって、香彩は目の前の胸に頬を擦り寄せた。
温かい竜紅人の体温と、独特の匂いに軽く身を震わせる。森の中にいるような瑞々しい彼の匂いが、彼の体臭と合わさった神気の匂いなのだと気付いたのは、彼の御手付 きになってからだ。
視線を上げれば、竜紅人の寝顔が目に入る。
何度も見た寝顔だというのに、こうも心が高鳴るのは、想いが通じ合ったからだろうか。
額に掛かるのは伽羅色の髪。開かれれば眼光の鋭い伽羅の瞳は、今は目蓋に隠されて、髪や目と同じ伽羅色の長い睫毛に縁取られていた。美しく形の良い鼻梁に、ふっくらとした色付きのいい唇。雄々しい顎の線が、精悍な顔つきを巧緻 に、まとめ上げているかのようだった。
思わず張りと艶のある頬に手を伸ばし、顎の下まで触れる。あまり美醜など気にしたことのない香彩だったが、竜紅人の造作は、こうして目が離せなくなる程、好ましく思っていた。
療 を含めて、今まで祀りで出会った真竜達は皆、傾向は違えど容姿端麗だった。その中でも竜紅人が一番、面様 が綺麗で巧緻 だと思うのは、身贔屓か。それとも想い人だからだろうか。
今は閉じられている伽羅の瞳が、優しげに自分を見るのを知っている。そしてその視線の奥に苛烈な焔を隠し持っていて、時折優しさの中に滲み出ているのも知っていた。そんな瞳に捕らわれてしまったら最後、視線だけで身体を射抜かれて、もう動けなくなる。
竜紅人いう名の真綿の鎖に、手も足も胴も縛られているかのように。
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