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第42話 悪戯 其の三

 少しくぐもった、息を詰めたような声を聞いた気がした。もしかして起こしてしまっただろうかと思ったが、眠りの気配は続いている。  起こしてしまうのは申し訳ないと思いながらも、もしも竜紅人(りゅこうと)が起きてしまったら、こんな風に見たり触ったりすることが出来なくなるのが残念だと思った。いや、出来ないことは、ないのかもしれない。  だが竜紅人が起きている時に触る勇気が、香彩(かさい)にはなかった。あの美麗の伽羅色の眼差しで、彼の身体に触れる様子を見られてしまうのだと思うと、どうしても居た堪れない。  想像が出来てしまう。  竜紅人は、香彩が身体を触る(さま)を、決して黙って見守らない。手つきや吐息のひとつひとつを注意深く見て、言葉で責める機会を見計らっている。  お前はそんな風に俺に触れられたいのかと、喉の奥で笑い、艶のある低い声色を耳に吹き込みながら、ねっとりと耳輪を舐める。きっとそれだけでもう、身体に力が入らなくなり、彼の身体に触れるどころではなくなるだろう。  今もこうして竜紅人の熱い舌や息遣い、低い声を思い出すだけで、身体が熱くなっていくような気がした。  彼に何かされたわけではない。  むしろ自分が竜紅人に触れているだけだ。  ただそれだけだというのに、彼の身体を指で辿る度に、彼の指使いや彼から(もたら)された悦びが甦ってくる。  ある程度で止めなければと、香彩は思った。  自分が我慢出来なくなって、再び湯殿に逃げ込む羽目になる。ここの湯殿に鍵は付いていたのだろうか。いやきっとその前に道中で竜紅人に捕まって、連れ込まれるかもしれない。  それにこんな風に触れていることを、彼には知られたくなかった。  何を言われ、されるのか、分かったものじゃない。 (だけど……あともう少しだけ……)   もう少しだけ、触れたい。  じっくりと、ゆっくりと、見ていたい。  だからどうかもうしばらくは、このまま眠っていてほしいと、香彩は思った。  そっと指先で、頂きに触れてみる。  柔らかかったそれが、少しずつ芯を持つ。  円を描くように触っても、くにっと人差し指で芯を潰すように触れても、眠りが深いのか、竜紅人は反応を示さない。そもそもこの尖りに感じてくれるのか、香彩は分からなかった。彼が起きている時に、胸に触れたことなどなかったからだ。 (……きっと、くすぐったそうにしながら、笑ってるような気がする)  楽しそうに。  頂きに触れる香彩の様子を、それはそれは楽しそうに見ているのだと、容易に想像が付いた。  触れていると自身のものと比べて竜紅人の頂きが、ずっと小さいことに気付く。  香彩のそれは、初めは今の竜紅人と同じくらいだった。だが彼によって愛でられ、一晩の内に随分と変えられてしまった。  薄桃色だった実は、食べて欲しいとばかりに紅色に熟れて尖り、今もまだじん、と熱を持っている。執拗だった頂きへの、愛撫の名残だ。甘噛みの痕も、未だに残っていた。  彼の手によって身体を造り替えられていくことは、少しずつ彼の色に染められていくようで、堪らない悦びだ。  思わず触れてほしいと、香彩は思った。  だが同時に、彼の見ていないところで、彼と同じようにに触れたいのだという気持ちも生まれて、心の中でせめぎ合う。  触れたい。  でも触れられたい。  不思議な気持ちのまま、果実の輪っかにまあるく触れて、芯を軽く指で弾く。  きっと自分ならばこれだけで、甘い声と息が唇から零れる。  たまらないとばかりに背を浮かせ、止めてほしいのか、もっと欲しいのか分からないくらいに、竜紅人に縋ってしまうだろう。  柔らかい彼の伽羅色の髪に触れて、頭を抱き寄せれば、きっと浮かせた背に彼の腕が回る。それが合図だったかのように、背を反らせ胸を突き出せば、頂きが熱い舌に包まれる。  その熱さ、ねっとりとした舌の濡れた感触、吸われる心地良さを思い出して、尾骶を鈍く疼かせながら、香彩は色付いた唇から、薄桃色をした小さな舌をちらりと見せた。  竜紅人にされたように、舌を這わせる。舌先を硬くして、頂きの芯を軽く突いてから、口に含んだ。  ちゅ、と音を立ててその乳嘴(にゅうし)を吸いながら、舐め立てる。  ぴくりと眠っている竜紅人の身体が動く。くぐもった声が、形の良い薄い唇から漏れたような気がした。  もしかしたらここも、竜紅人の好きな場所なのかもしれない。そう思うと少し名残惜しい気がして、香彩は頂きの輪をくるりと舐めて、そっと唇を離した。  再びぴくりと動く身体の、鳩尾に触れる。  ここから下は上掛けの中だ。  

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