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第53話 拠り所 其の四

  「かさい……」  綺麗な伽羅色の瞳の奥に、再び宿る焔を見てしまったのだ。 「……おいで」   に、と笑いながら竜紅人(りゅこうと)が両腕を広げる。  その瞳の焔と、逞しい腕、そして先程まで手の平で感じていた鼓動や、熱い体温を思い出してしまえば、逆らう術などないように思えた。  そうして誘われるがままに、竜紅人の両腕の中に閉じ込められて、気付けば仰向けに寝た彼の身体の上で抱き締められる。  耳元で竜紅人の熱い吐息を感じながら、香彩(かさい)もまた熱の籠った息を吐き出した。 「……もうっ……むりっ、だって…、りゅ……う」  抵抗する声を上げる香彩だったが、竜紅人の熱い手は、的確に香彩の弱いところを撫で(さす)る。  片方の手が白くしなやかな背中の筋を、つつと(なぞ)り、もう片方の手は括れた腰の曲線を、楽しむように撫でられれば、甘い吐息が漏れた。 「……待っ、も……むり……」 「無理? 縛魔師(ばくまし)の修学で習わなかったか? かさい」 「……え……っ」  執拗に腰を撫でていた竜紅人の手と、背筋を(なぞ)っていたもう片方の手は更に下がり、白くてまあるい白桃のような(いざらい)の、一番肉付きの良いところへたどり着く。  両手で揉み(しだ)く様にして触れられて、ついに香彩の唇から艶声が溢れ出した。 「……っ、あ…んんっ」  追い討ちを掛けたかったのか。  竜紅人の唇が耳輪(じりん)()みながら、吐息混じりに囁く。 「真竜の神気は、傷を癒し、人に酩酊感を感じさせるのと同時に、強力な滋養強壮の効果もあるって」 「んっぁ……そん、なの習わな……──!」  香彩は思わず息を詰めた。(いざらい)の双丘に挟み込み、擦り付けるようにして動く熱いものを感じて、ふるりと身体が震える。  確かに神気が傷を癒すのは知っていた。幾度も目にして、昨夜も首筋と手の傷を治して貰った。だがそれ以外の効果があるなんて、初耳だった。 「じゃあいま覚えておくといい。体液には神気も含まれている。催淫の効果も否めないが、お前のここが俺を欲しがるのは、身体が求めているからだ」 「そん……」  「本当に無理だと思うほど、身体はあまり辛くないだろう?」  寧ろまだ欲しがってる。  耳輪(じりん)をねっとりと舐められながら耳元に吹き込まれる言葉に、尾骶が鈍く痛み、腹の最奥が疼くようだった。  竜紅人の吐息や声、手付きや熱くて硬い雄に翻弄されながらも、香彩は頭の片隅で思う。  よくよく考えれば、昨夜からの情事のことを考えると、今日一日寝込んでしまってもおかしくないはずだ。それが少し身体が怠い程度で済んでしまっているということは、余程『薬』が効いたのだろう。 (……そういえば)   竜紅人と想いが通じ合う前に感じていた、食欲不振と寝不足からくる疲労感を、いつの間にか感じなくなっていた。  忘れていたといった方がいいだろうか。  残っているのは、つい先程の情事の気怠さだけと、言ってもよかった (……本当、神気って……)   頭の片隅での思考は、部屋に響く卑猥な水音によって引き戻される。  ぬちゃり、ぬちゃりと。  (いざらい)の双丘に挟み込んで、擦り付けるようにして竜紅人の雄が動く度に、溢れる彼の先走りの蜜が、淫靡な音を立てる。  時折わざと後蕾を掠められて、身体の力が抜けそうになった。  ふわりと鼻をかすめるその香は、森の中にいるような竜紅人の神気だ。吸い込んでしまえば、胎内(なか)にまだ残っている熱の残滓の所為か、嫌でも身体は熱くなる。 「ん……っ、ほんとう……神気って……万能すぎて……ずるい、っ」  香彩の言葉に腰の動きを止めた竜紅人が、面白そうにくつくつと喉の奥で笑った。 「だから人は崇め奉るんだろう? お前は多分絶対忘れてるだろうけどな、一応俺も真竜だから。崇め奉られる側だから」  その言葉に香彩は思わず身体の熱さを忘れて、きょとんとして竜紅人を上から見下ろす。  そんな香彩の表情に、竜紅人は盛大に大きなため息をついた。 「──お前なぁ……」 「え、いやだって真竜って忘れてたわけじゃないよ。でもあまりにも竜紅人が身近すぎて、その……『崇め奉る』印象がないというか、その……」 「へぇ……」  やけに掠れたいつもよりも低い声が、耳を擽るのと同時だった。  あ……、と艶めいた声を香彩が上げる。  まるで狙い澄ませたかのように、竜紅人の雄の先端が、香彩のひくつく後蕾に宛がわれた。  そして竜紅人は甘くて卑猥で残酷な問いかけを、香彩に投げ掛けるのだ。  蒼竜で()るか、と。  香彩は無意識の内に、(かぶり)を振った。蒼竜が嫌なわけではなかった。  だがいまは。 「……いまは、竜紅人が……いい」  香彩は淫蕩な熱が浮いた瞳を竜紅人に向ける。自分がいまどんな顔をしているのか、自覚しているつもりだった。  案の定、竜紅人が息を詰める。  だが香彩はそんな彼に構わず、熱い吐息混じりに言葉を続けた。 「……蒼…竜とはこれからも……だけど、んっ……貴方とは『今』しか……あっ」  まるで位置を固定するかのように、(いざらい)の双丘を両手で鷲掴みにされて、香彩は一際大きな艶を帯びた声を上げる。  そうだよなぁ、と欲に掠れた声が再び耳元から聞こえた。 「今すぐここで蒼竜になって、お前に思い知らせてもいいかと思ったんだが……そうだよなぁ。人形(ひとがた)でいられるのもあと僅かだからなぁ」 「……っ」   鼓膜に吹き付けられる熱を帯びた吐息と、甘猥な深みのある声に、香彩はふるりと身体を震わせた。  耳が弱い、そして竜紅人の声に弱いのだと、彼にはもうお見通しなのだろう。  決して『竜の(こえ)』ではないというのに、こういった時に竜紅人の発する声は、頭の奥の思考や理性を溶かしてしまう。  ぐっ、と後蕾に感じる圧迫感に、身体の最奥が甘く疼く。今までの淫らで官能的な悦楽の記憶が呼び起こされて、心までもが熱く淫らに昂る。  言葉はもういらなかった。    これがもう人形(ひとがた)としては、最後になるのだろう。  ならばこの行為もまた『心の拠り所』になるだろうか。  快楽に蕩け切った頭で、香彩はぼんやりとそう考える。  だがそんな思考さえも、自分の腹の中で猛り狂う淫靡な熱に掻き消され、快楽の白い波によって理性が呑まれ。  やがて何も考えられなくなった……。

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