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第68話 花影閑話 ─空事遊戯─

   昔と同じ罪を犯し始めていることを、自覚していた。  だがもう自分を止めることができない。  止めてしまえば、全てが壊れてしまう。  一度壊してしまった自分だから、止まることが崩壊することだと分かっていた。  だけど本当は止めて欲しかったのかもしれない。  全てを知ったうえで、あなたは受け止めて包み込んで。  抱きしめてくれると。  甘い幻想を抱きたかったのかもしれない。 「まぁ、それではあなたは皇族様を見たことがおありですの?」  身を乗り出すようにして聞いてくる彼女に、銀狐(ぎんこ)はくすりと笑う。 「あるよ、でもまだ何度かだけどね。ぼくたちは生まれつき真竜と契約する力を持ってるんだ。だから長になったら、もっとたくさん見ることができるかも」 「まぁ、なんて素晴らしいことなんでしょう?」  ふわりと彼女が笑う。  手を胸の前にそっと添えて、うっとりとした様子で銀狐を見つめている。 「どんな、どんなお姿をされていたのです?」 「それはそれは神々しくも優美なお姿をしておられました。その場におられるだけで、世界の全てが変わるようなそんな気配を持っていらっしゃいました。そして何より、全てを包み込み癒してくださる、慈悲深いお方でいらっしゃいました」  銀狐の語る皇族の姿を想像し、彼女は更に胸を躍らせた。そして何より、皇族に対する賛辞を分かりやすい言葉ですらすらと話す銀狐に、彼女は彼の言葉をもっと聞いていたいと思った。  そんな彼女の喜んでいる様子に、銀狐はもっともっと彼女を喜ばせたいと思った。  彼女と会うのは決まって日も暮れ始めた黄昏時から、夜更け前までが多い。妖狐族は元々夜行性であったし、神桜である彼女は月の明かりの下の方が、人の形を取りやすいのだと言っていたからだ。  ふたりで彼女の本体である桜の大樹の下で、月や星を見ながらたわいもないことを話すのが、何よりも楽しみで仕方なかったのだ。 「ところで、この前話されていました、星の欠片は持ってきてくださいました?」 「あ、あれ……ね? あれは一族の宝だから、中々持ち出しにくいんだ」 「そう……ですの」  明らかに気落ちしたかのような彼女の言葉に、銀狐は慌てた。 「で、でも! ちゃんとお話して長からお貸し願えるように頼んであるから、次は持ってこれると思うよ」 「楽しみにしています。でも許可なく持ち出すことは、やめて下さいね」  彼女は、ふわりとした笑みを浮かべる。 「じゃあこうしましょう。星の欠片を見せていただいたら、私はあなたにこの一枝を差し上げます」  それは神桜の一枝だった。一枝は親愛の証、あなたと共にいますという証でもあった。  銀狐は嬉しそうな笑みを浮かべて、 「うん、分かった。そ、それじゃ、そろそろ帰るよ」    彼女に手を振り、あっけないほどあっさりと、帰路についた。  彼女は気付いただろうか。  銀狐の笑みの中の、その昏さを。  その空事を。

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