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第69話 花影閑話 ─欣羨遊戯─ 其の一

 土神(つちかみ)はその日、何故かとても切ないような悲しいような、胸をがしがしと引っ掻きたいような妙な気分で目が覚めた。どうしようもなくむしゃくしゃして、腹立だしかったのだが、その原因が一体どこにあるのか全く分からなかったため、対処のしようもなかった。  そんな気分を抱いたまま、住み処を出た。  住み処である神社は立派で大きいものであったが、清掃をしに来る者も、供え物を持ってくる者もいなかったため、大変な荒れ放題となっていた。それでも妖力の小さな魔妖(まよう)くらいならば、はじき返してしまうくらいの立派な結界が張られていたのだ。  土神の足は自然と、神桜(しんおう)へと向いていた。  この神社からは本体こそ見えないが、夜にもなれば月下に映える神桜の、ほのかな光を見ることができた。光はとても優しく、淡く、綺麗であり、それを見ているだけで胸が締め付けられるようだった。  あの光の下で、ふたりは語り合っているのだ。  土神はなるべく銀狐(ぎんこ)のことを考えないようにして過ごしていた。銀狐の事を考えると、どうしようもなく胸がざわつき、何も考えられなくなる自分がいた。    自分はこんな立派な結界を持つ神社の主なのだ、きっと銀狐などはじき飛ばしてしまうに違いない、銀狐など取るに足らない小物の魔妖ではないか。神桜も同族である自分より、妖狐なんぞを選ぶとは愚かではないか。そんな愚かな火神が自分と釣り合うわけがないのだ。そんなふたり同士、大いに仲良くなればよいではないか。  土神はこんなことを毎日毎日自分に言い聞かせていた。そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだった。  ふたりで大いに仲良くやればいい。  そんな答えが心の内に出てしまい、そうだそうだと納得するものの、頭を掻きむしり、神社の柱を蹴り、水すらも喉を通さない。  神ともあろうものが、こんなことに気を取られるとはと、土神は色々と深く考え込んだ。  やがて足は神桜の近くまでやってきていた。  土神は思った。  優しい神桜のこと。しばらくの間顔を見せなかったものだから、神桜は同族である自分を心配をして待っていてくれているのではないのか、と。そう考えつくと、先程まで思っていた沈んだ気持ちが、一気に浮き上がるようだった。  ところがそんな気分も、神桜の大樹の下に近づくにつれて、悲しみに包まれる。  銀狐がいた。    日もすでに暮れ、夜更けも近いというのに、銀狐と神桜はとても楽しそうに話しをしているのだ。  聞きたくないと思いながらも、聞こえてくるそのふたりの会話に土神は愕然とする。  銀狐は妖狐の分際で、土神にとって神にも等しい皇族を見たことがあること。  そして。  神桜が自分の体の一部でもある一枝を、魔妖にあげると言ったこと。  

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