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第77話 朝のひととき 其の三

『しかも俺の神気に少し反応し始めた状態だろう? そんな物欲しそうな目をした艶っぽい顔して、しかもふらついて歩いていたら、襲って下さいと言ってるようなもんだろうが』 「……そんなの、誰に……っ、襲われるんだよ……、ぁ……」  後蕾の浅いところに入り込んでいた竜尾の先端が、名残惜しそうに軽く突いた後、ゆっくりと抜けて行くのを感じて、香彩(かさい)は我慢していた色声を思わず上げた。刺激で更に溢れてくる蒼竜の熱が居た堪れない。  そんな香彩の様子を見ていた蒼竜は、大きくそして深いため息をついた。 『──自覚がないっつーのも困ったもんだ。紅麗(くれい)の春画屋で、おまえの春画や危絵(あぶなえ)がそこそこいい勢いで売れてる意味を、そろそろ理解しろよ。買うのは決して女だけじゃねぇんだぞ』  「……っ、なんでいきなり春宵画の話……」 『一番分かりやすい例だろうが』  ようやく後蕾から抜け落ちた尾の先端を、蒼竜が此れ見よがしと言わんばかりに、ふさりと持ち上げる。小さい竜体になって、更に細くなった尾の先端から滴り落ちる、どろりとしたものは果たして誰の体液か。  居た堪れなく思いながらも紅潮した顔で、香彩は言葉を詰まらせた。  紅麗の春画は民衆の娯楽だ。  昼は市、夜は歓楽街へと変わる紅麗だが、遊楼へ()(いん)といった華を買うことが出来るのは、一部の裕福な者達だけだった。  大概の者は一目見るだけでもと見世(みせ)の前に群がるが、客寄せである呼び子がそれを追い払ってしまう。その光景はある意味、紅麗遊楼界隈の名物にもなっている。  一体誰が始めたのかは定かではないが、噂に寄れば遊楼を知り尽くしたある裕福な御仁が、遊楼で人気のある姫陰(きいん)の華を描いて屋台で売り出したところ、それは瞬く間に売れてなくなってしまったのだという。これは商売になると、自分よりも優秀な絵描きを何人も雇い、描かせたのが春画屋の始まりなのだという。  紅麗の天幕の張られた屋台に、たくさんの売り物の「絵」が所狭しと並べられている光景を、香彩はもう幾度も見たことがある。  現在、「絵」は二種類の存在し、ほとんどが男女間の性の秘戯をあらわに描写した扇情的な絵画となっている。また一人絵といって、麗国で人気のある人物の、あられもない艶美な姿を描いたものも存在する。こちらは女性の方にかなりの人気があり需要も高く、女性受けしやすいよう「春宵画(しゅんしょうが)」と名称を変えている。  自分の春宵画が存在し、それを買う人がいるのだという認識は、もう随分前からしている香彩だったが、敢えて触れないようにしていた。  女性だけではなく男性も買う。そして人と同じような暮らしをしている高位の魔妖(まよう)も買う。  それがどういうことなのか分からないほど、香彩は子供ではなかった。  子供ではなかったが、蒼竜の言うことにどうしても実感が湧かなかったことは、事実だった。 『……この際はっきり言うけどな、香彩』  頬を赤らめたままの香彩を見上げていた蒼竜は、あからさまなため息を付いてから、持ち上げていた尾の先端を、何気ない仕草で自身の口元へと運ぶ。そしてまるで手入れでもするかのように、薄紅色を舌を出して舐めるのだ。  蒼竜の熱だけではないもので、尾はしとどに濡れていた。蒼竜にそんな意図があるのかは果たして不明だが、まるで香彩に見せ付けるようにして、幾度も舌を動かしながら舐め取っていく。  そんな蒼竜の様子を見て、ぞくりとした粟立つものを感じてしまった香彩だ。  どぷり、と。  蒼竜の熱が溢れる後蕾の一番奥で、決して濡れることのない器官が濡れ、溢れていく気がして、香彩はくっと奥歯を噛み締めた。 『……ほら、その顔』  まるで囁くように掠れた声色で蒼竜が言う。一頻り舐め終えた尾を勢いよく振ったかと思うと、座り込んでいる香彩の身体を再び竜尾で抱き締める。  尾の先端で、くいっと顎を持ち上げられて、素直にそちらを見遣れば、小さな竜体が浮き上がり、香彩と視線と同じくにしていた。 『──俺や紫雨(むらさめ)の手前、あからさまな行動には移さないと思うが、この中枢楼閣にも、お前のことをどうにかしたいと思う不埒な奴は一定数いる。そんな艶っぽい顔をしてふらついていたら、手当てと称して人気のない所へ連れ込まれるぞ』 「……っ」 『少しでもお前のことを知っている人間なら、お前の武器でもある『術力』さえ封じてしまえば後は何とでもなる。『力封じ』の紅紐で手足を縛ってしまえば、身動きも取れず、抵抗らしい抵抗も出来ないだろうからな』 「……」  ふるりと香彩の身体が震える。  だがこの震えがいま、蒼竜が話した内容と全く関係のないところで感じているものなのだと、彼には分かってしまっただろうか。 (……竜紅人が僕のこと心配して言ってくれているのに)  脳裏に浮かべたものがあまりにも不埒で、香彩は心内で居た堪れなくなる。 『……だから用心してくれ、かさい』  蒼竜の言葉に香彩が無言で頷く。  何を思ったのか、蒼竜は香彩の色付いた唇を軽く舐めた。  きょとんとした表情をしていた香彩だったが、ぶわりとその顔を再び紅潮させる。  そして竜尾の抱擁を無理矢理に解くと、湯殿借りるから、と声を上げながら、湯殿のある引き戸の向こうへその姿を消したのだ。    

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