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第90話 夢解き

「……それからなんだ。眠るとあの夢を見る。断末魔を聞く。眠っていなくても、ふと気が抜けた時に引き摺り込まれる」  そう話す(りょう)の顔は、やはり何処か翳りが見える。疲弊しているのだ。  無言でこくりと頷きながら香彩(かさい)は、じっと療の瞳を見る。まるでその奥に隠れている何かを、暴こうとしているかのように。  少憩室に沈黙が下りる。  静けさと見つめ合う視線の、何とも言えない居心地の悪さに耐えきれなかったのか、療が「……香彩?」と名前を呼んだ。 「──少し黙って!」  ぴしゃりと香彩は、療の声を叩き潰すかのような厳しさで言う。しょぼんとした表情の療に申し訳なさを感じたが、出来上がりつつある『場』を壊したくなかった。  夢解(ゆめと)き、という。  夢の内容を聞いて、その中に含まれている言詞を、解きほぐして伝える術だ。  夢の中には無意識に感じていることや願望が、婉曲に隠されている。本人自身はあまり夢の内容を覚えていないことの方が多いが、香彩はそれを瞳を通じて読み取ることを得意としてる。  紫闇(しあん)の瞳の向こうに感じるのは、畏れ多いと思わずひれ伏してしまいそうな、強大な『力』の奔流だ。  それは黄金色に光輝きながら、波打ちうねり、療自身が見ている夢の空間を包み込んでいる。  (……夢床(ゆめどの)……?)  香彩達が使う言葉で表すのなら、それはまさに夢床(ゆめどの)に近いものだった。  療自身が作り上げた夢床(ゆめどの)を、無意識の内に療の『力』が()ているような、そんな印象を受ける。  香彩は自分の意識を、もう少しその空間へと寄せた。  黄金の光に包まれているのは空間の外側だけで、中は暗闇だ。そんな闇の中から、仄かに浮かび上がるようにして()えたのは、ひとりの少女。 (──!)  少女が()()()を向いた。  気付いたのだ。  ()()()に。  香彩の心と身体に戦慄が走った。  気付くはずがないのだ。  術を使って療の瞳から夢を読み解いているだけであり、一度起こったものを()ているだけに過ぎない。  謂わばこの少女は、療の記憶の中の少女だ。 (……何か強い(えにし)でもないと)  繋がらないはずだ。  香彩がそう考えた時だった。  まるで今まで何故思い出せなかったのか、不思議なほど、自分はこの少女を知っていると、ふと香彩は思った。  夢床(ゆめどの)で会ったあの少女だと、漠然と思った。  泣いて香彩に話をする桜香に寄り添い支えていた、花の香のする少女だと。 (……この少女が療の夢の中で)   断末魔を上げたのだ。 (それは一体……どういうこと)  もう少し療の『中』へ踏み込めば、この少女の気配を読めるのだろうか。   「……多分、覗いたんだと思う」  香彩は一度、術を解いて療にそう言った。  大きく息をついて、療から視線を外す。  療もまた、術力の『場』からくる圧迫感から解放されてほっとしたのか、息をつく。だがすぐにその表情には、げんなりといった感情が溢れていた。 「なんか嫌な表現だな。人聞きの悪い」  本当に嫌そうな表情をする療に、あながち間違いじゃないよと香彩が軽く笑う。 「この夢は療達特有の、様々な物の記憶を読み取るものだと思うよ。ただそれが、過去のものなのか、未来のものなのか、何から読み取ったものなのかまではわからないけど、垣間見た誰かの『思いの強い記憶』を夢で見たんだ」  ある意味、覗きだよねと笑う香彩に、療はなんともいえない顔をしていた。  真竜には『神気』という万能な『力』の他に、とても不思議な能力がある。  それは『様々な物が持つ記憶』を無意識に読み取り、記憶する能力だ。これによって譬え自分に経験のない事柄でも、無限に近い記憶の海の中にしまい込み、必要な時に必要な知識の記憶の出し入れを行うことができた。  例えば療が、ひとりの人とすれ違えば、無意識下でその人が持つ様々な記憶を読み取る。同様に無意識下で自身の中にそれを記憶し、その者について聞かれれば、必要な情報を頭の中で出し入れができる。  真竜は万物を知るといわれている由縁だ。  だがそれも不便なことに、自分自身のことや自身が関わるものとなると、記憶の出し入れが曖昧になってしまう。 「……まぁ、療を他の真竜と同様に考えるのってどうかと思うけど、でも基本は対して変わらないって、前に竜紅人(りゅこうと)が言ってたし」 「基本って……そりゃオイラも一応、半分は真竜だけど」 「うん。基本()()()、ね。確かに変わらないと思うんだけど」  香彩はそう言いながら、療の右の手のひらを手に取った。自分の左手親指が、療の手のひらの中央に来るようにそっと掴む。  そして香彩は、自身の右手の人差し指と中指のみを立てて、宙で文字を描くようにして軽く印を結んだ。 「伏して……伏して願い、奉る……」  『力』を込めた言葉を紡ぎ、療に向けたその時だった。 「──っ……!」  しなる鞭のような音を立てて香彩の手が弾き返され、思わず療の手を離す。 「……変わらないけど、こっちは変わるみたい」  香彩が痛そうに両手を振っている。  何が起こったのか分からず、きょとんとしていた療だったが、香彩の両手が少し赤くなっているのを見て、あっ、と声を上げた。 「ご、ごめん、香彩。もしかして原因オイラ……だよね?」 「気にしなくていいよ。療の防御本能が働いたんだよ」 「……でもさっき()てもらったときは何もなかったのに」 「あれは、『()てた』だけだから。今のは、手の平の気脈から療の『中』にある夢の記憶を遡ろうと思ったんだ」  出来れば療の夢の中に出てきた、少女の気配が探りたくて。 「どうかなと思ったんだけど、やっぱり『中』まで入るのは許してくれなかったみたい」  

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