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蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する 第93話 療 其の三 | 結城星乃の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する
第93話 療 其の三
作者:
結城星乃
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93 / 409
第93話 療 其の三
竜紅人
(
りゅこうと
)
と
紫雨
(
むらさめ
)
は、
香彩
(
かさい
)
にとってどちらも大事で大切な人だ。だが
香彩
(
かさい
)
の心の中で、ふたりは明らかに違う位置に立っているのだと自覚している。 にも関わらず
紫雨
(
むらさめ
)
に特別な感情を抱いてしまうのは何故なのか。
竜紅人
(
りゅこうと
)
とはまた違う、想いを抱いてしまうのは何故なのか。 「……それはさ
香彩
(
かさい
)
、
遠里故郷
(
おりこきょう
)
に馳せる、郷愁に似た感情なのかもしれないよ」 「……郷愁……?」 「うん。いま
香彩
(
かさい
)
は何か大切なものを失った気がして悲しいって言ったよね。それって今まで表に出ることのなかった
紫雨
(
むらさめ
)
の感情を目の当たりにして、『今までの
紫雨
(
むらさめ
)
』を失くした気がしてるんじゃないかな。そして何処かで『今までの
紫雨
(
むらさめ
)
』を求めてる。だけど今の
紫雨
(
むらさめ
)
に求められて、自分の存在そのものを認められたことが嬉しいと思う自分がいる」 「……うん」
香彩
(
かさい
)
は
療
(
りょう
)
の服を、皺になるほどぎゅっと握り締める。
療
(
りょう
)
の言葉が胸にすとんと落ち、乾いた心に沁みていくようだった。 失くしたものを懐かしく求める気持ちと、認められた嬉しさ。相反する感情は、恋い慕う気持ちはまた別の情を伴って、
香彩
(
かさい
)
の心を占める。 「流石にその情だけは、竜ちゃんには歯が立たないんじゃないかな。きっと
紫雨
(
むらさめ
)
も同じくらいの情を持ってて、しかも一夜って割り切ってる分、余計に。一夜だからこその激しさだもの。翻弄されても仕方ないと思うよオイラは」 「……」
香彩
(
かさい
)
は無言だった。 確かに
紫雨
(
むらさめ
)
は一夜の夢物語だと言った。それを
療
(
りょう
)
は『一夜だけだと割り切っている』と解釈したのだ。割り切るということは、あの一夜だけ己の持つ想いや感情を吐露し、翌日には何事もなかった顔をして、日常を過ごすということだ。
紫雨
(
むらさめ
)
は、それは見事に割り切るだろうと思われた。表情や感情を全て心の奥に隠して、いつも通りの顔をして自分の前に立つだろう。 それがどこか嫌だと
香彩
(
かさい
)
は思った。一夜だけと割り切るのならば、自分に対する感情を隠したままでいて欲しかった。激しい感情を向けられた自分は、きっと割り切るなんて器用なことは出来ず、心の何処かで忘れることが出来ず抱えているだろう。 かといって
紫雨
(
むらさめ
)
が割り切らずに、その感情を向けられることも、また困るのだ。 (──
療
(
りょう
)
だったらきっと上手なんだろうな) こんな風に悩まず、
紫雨
(
むらさめ
)
の心情を理解して、
紫雨
(
むらさめ
)
以上に割り切り、あけらかんとしているに違いない。 (僕よりも
紫雨
(
むらさめ
)
のこと理解してるし) 何より
紫雨
(
むらさめ
)
のことをよく見ているなと、ふと思った時だった。 (──あ……)
香彩
(
かさい
)
は寄り掛かっていた
療
(
りょう
)
の胸から、少し離れて顔を上げた。 急な動きびっくりしたのか、
療
(
りょう
)
はその紫闇を丸くして
香彩
(
かさい
)
を見ている。
香彩
(
かさい
)
はそんな
療
(
りょう
)
の目を見ながらも、心のどこかですとんと答えが落ちてきた気がして、それが妙に腑に落ちたのだ。 (──
療
(
りょう
)
ってもしかして) あの人のこと……。 「ねぇ?
香彩
(
かさい
)
」
療
(
りょう
)
の呼び掛けに、
香彩
(
かさい
)
のいま考えていたことが霧散する。 「ちょっと聞きたいんだけど、
香彩
(
かさい
)
はさ、竜ちゃんよりも
紫雨
(
むらさめ
)
と、未来を一緒に歩きたいの?」 「え……」 問われた内容に
香彩
(
かさい
)
は戸惑いを感じた。どうして
療
(
りょう
)
がそんなことを聞くのか、分からなかったのだ。 だが困惑しながらも、
香彩
(
かさい
)
が出した答えはたったひとつだった。 「──確かに
紫雨
(
むらさめ
)
も共に在りたいって思うよ。だけど……一緒にご飯を食べたり、一緒に眠ったり、一緒に喜んだり苦しんだり、時には喧嘩もしたり。そういった日々の生活っていうのかな。そういうものを感じて一緒に歩いて行きたいって思うのは」
竜紅人
(
りゅこうと
)
だけだよ。 「もちろん
紫雨
(
むらさめ
)
も大事だよ。だけどね、やっぱり違うんだ」 自分の心の中にある、ふたりの立ち位置が明らかに違うのだと、確かに何度も思ったはずだ。 「うん、きっとそれさえしっかり、心で分かっていれば大丈夫だよ
香彩
(
かさい
)
」
療
(
りょう
)
がそっと
香彩
(
かさい
)
の頭を撫でる。 されるがままに、うんと頷くのは:香彩かさい)だ。 「いまは色んなことがあり過ぎて、色んなもの見えなくなったり、激しい感情に晒されて戸惑ったりしてるけど、
香彩
(
かさい
)
は一番大事なことを、心でちゃんと分かってる。竜ちゃんも嫉妬しながらも、
香彩
(
かさい
)
が分かっていることをちゃんと知ってるし、信じてるんだと思う」 だから大丈夫だよ。 それはとても優しい声色だった。
香彩
(
かさい
)
の頭を撫でていた
療
(
りょう
)
の手が、まるで勇気付けるように、軽くぽんぽんと弾む。 何かに堪え切れなくなって、
香彩
(
かさい
)
は勢いを付けて
療
(
りょう
)
の首に抱き付いた。 丸椅子に座っていた
療
(
りょう
)
が、後ろへ倒れることなく
香彩
(
かさい
)
を受け止める。背中に回された手が
香彩
(
かさい
)
の背中を、宥めるように再びぽんぽんと叩いた。 こうやって
療
(
りょう
)
に抱き止められるのは、もう何度目だろう。今でこそ泣いてはいないが、以前にどうしようもなく感情が乱れて、涙が溢れて止まらなくなった時、抱き締めてくれたのは
療
(
りょう
)
だった。 この腕の中は、
竜紅人
(
りゅこうと
)
や
紫雨
(
むらさめ
)
とまた違った意味で安心する。特に欲を伴わない分、とても癒される。 ごめん、
療
(
りょう
)
……と。
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