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蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する 第96話 不穏 其の三 ──嗜虐心を擽る目── | 結城星乃の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する
第96話 不穏 其の三 ...
作者:
結城星乃
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第96話 不穏 其の三 ──嗜虐心を擽る目──
大司徒
(
だいしと
)
私室の引き戸を開けさせて、文字通り
香彩
(
かさい
)
を部屋の中へと放り込むと同時に、尾できつく締めていた手首を解放する。 ふらつく
香彩
(
かさい
)
を眼下に見ながらも、蒼竜は器用に尾を使い、わざと大きな音を立てて引き戸を閉めた。 その音に、びくりと
香彩
(
かさい
)
の身体が怯えたように動く。 だが蒼竜を見るその深翠の目は、凛として毅い意志を湛えているようにも見えた。 自分を見据えるその色に、どこか酷く安心する蒼竜だ。竜の聲を使っても、
香彩
(
かさい
)
の意思は失われない。たとえ蒼竜に従っても、感情を秘めた瞳が雄弁に語るのだ。決して傀儡ではないのだ、と。 喉奥で蒼竜が、くつくつと笑う。 そして竜瞳の瞬きひとつで、その大きさを
人形
(
ひとがた
)
並みに変えて見せた。 蒼竜を見る
香彩
(
かさい
)
の毅い瞳が、戸惑いでゆらりと揺れる。 自分とよく似たその色を真っ直ぐに見つめれば、すっと視線が逸らされた。表情に顕れている気まずさは、果たして無意識だろうか。 蒼竜の心の中に、冷えた一滴の水が落ちる。その波紋はやがて心全体に広がって、心は冷えきったもので満ちていく。 『──機嫌が、悪そうだな』 そう発した冷たい声色に、蒼竜自身が少し驚く。こんな声を出すつもりではなかった。だが心は感じた感情のまま、素直に声を出す。
香彩
(
かさい
)
もまたその声に、ぴくりと身体を動かした。視線は合わないままだったが、揺らめく瞳はあきらかに怒りの感情を顕にしている。 「……当たり前じゃないか。あんなところで神気を解放するなんて! おまけに竜の聲まで使うなんて」 『──ああ、
寧
(
ねい
)
には悪いことをしたな。それは後で詫びに行く。ああでもしないと、お前は後ろめたくて、俺に付いて来ないだろうと思ったからな』 「……だから、寧の目の前で……! あんな……人質を取るような真似……!」
香彩
(
かさい
)
が再び蒼竜を見る。 毅い、毅い、その深翠の目。
紫雨
(
むらさめ
)
譲りの、その色と眼差し。 その目が狂おしいほどに愛しいのだと、思う自分がいるのと同時に、
紫雨
(
むらさめ
)
に似た面差しを残す
香彩
(
かさい
)
を憎らしいと思った。そして自分の血を分け合った存在がある
紫雨
(
むらさめ
)
を、同じく憎らしいとも、羨ましいとも思った。 『その通りだと言えば、満足か?』 「──
竜紅人
(
りゅこうと
)
」 『お前なら
療
(
りょう
)
も止めてくれると思っていた。流石にあいつに出られると、俺も分が悪い』 「──
竜紅人
(
りゅこうと
)
っ!」 名を叫ぶ
香彩
(
かさい
)
の語尾が、戸惑いの為なのか掠れている。 「
療
(
りょう
)
は
竜紅人
(
りゅこうと
)
に『力』を使いたくないって、ずっと言ってたんだ。なのにこの前、僕達の所為で『力』を使ってしまったから、これ以上使ってほしくなくて……なのにその言い方はないんじゃない?」 蒼竜は無言のまま、じっと
香彩
(
かさい
)
の様子を見る。その無言を、話を聞いているのだと解釈したのだろう
香彩
(
かさい
)
が、更に口を開いた。 「それに
療
(
りょう
)
は今日、僕に『
視
(
み
)
』て欲しくて来たんだ。ちょっと様子がおかしかったし、
寧
(
ねい
)
が少憩室に案内したのも、無意識の内に神気が溢れそうになっていたからだし。確かにふたりきりになったけど、
竜紅人
(
りゅこうと
)
が思ってることなんて何も──」 『ああ、そうだな』
香彩
(
かさい
)
の言いかけた言葉にわざと被せて、蒼竜が
応
(
いら
)
えを返した。そして一歩、また一歩と、ゆっくりと歩みを進めて
香彩
(
かさい
)
の方へと近付く。 かつん、かつんと。 蒼竜が歩く度に室内に響くのは、鋭い脚爪が床に当たる音だ。敢えて強く踏み締めれば、音は更に大きくなる。それに反応しているのか
香彩
(
かさい
)
の身体が何度か、ぴくりと動くのが見えた。 対する
香彩
(
かさい
)
は、近付いてくる蒼竜から距離を置きたいのか、後退りをした。そうやって壁に追いやられていることに、逃げ道を失くされていることに、果たして
香彩
(
かさい
)
は気が付いているのだろうか。 やがて
香彩
(
かさい
)
の背中が壁に付く。蒼竜に向けるその目は、少し怯えた色をしていた。 だが瞳の奥にある、凛とした芯の毅さは失われていない。 嗜虐心を擽る目だ。 蒼竜はそう思いながら、気付けば無意識の内に竜の唸り声を上げていた。 捕食関係の頂点に立つ竜だが、蒼竜自身、生まれてからまだ一度も、鬼も人も口にしたことがない。口にしたいとも、思ったこともない。
香彩
(
かさい
)
と
療
(
りょう
)
との出会いがあったからだろう。蒼竜にとって初めて出会った『人』も、実は半分竜であった『鬼』も、仲間であり友だった。 『人』に至っては禁忌を犯してまで思い詰め、
番
(
つがい
)
にしたいとまで思った想い人だ。 心ではそう思ってみても、竜形と化した竜は、より本能に近い反応をこの身体に示すのだろうと、どこか他人事のように蒼竜は思う。 経験したこともないというのに、分かってしまうのだ。 竜がどのように人や鬼を食らうのか。決して一思いに
止
(
とど
)
めを刺すことをせず、神気によって少しずつ少しずつ弱らせて、助けを求めて縋り付く様を見ながら、やがて満足して食らうのだと。
香彩
(
かさい
)
の目は、蒼竜の本能とも言える嗜虐心を煽る目だ。目の奥に見える凛としたものを見て、傀儡ではないのだと、とても安心するというのに、それを壊してしまいたくて堪らない。 壊して自分しか見るなと、竜の聲で命じてしまいたくなるほどに。 「……それに……」 更に言い募る
香彩
(
かさい
)
の、追い詰められた小動物のような目が。怒りと怯え、不安と僅かな期待が入り交じった目が、蒼竜を見上げている。 (……本当に、こいつは) 嗜虐心を擽るいい目をしている。 凛然とした中にある幽かな揺らめきは、明らかに後ろめたさと嘘を語っていた。聞いてもいない
療
(
りょう
)
の話を、まるで弁解でもするかのように話をしていることを、
香彩
(
かさい
)
自身は気付いているのだろうか。 「それに……僕より機嫌が悪いのは、
竜紅人
(
りゅこうと
)
の方でしょ?」
香彩
(
かさい
)
の言葉に、蒼竜は軽く唸り声を上げる。 壁際に追い詰めた
香彩
(
かさい
)
の顎に手を掛け、顔を上げさせた。蒼竜がその
口吻
(
こうふん
)
を近付ける。一瞬息を呑んだ
香彩
(
かさい
)
が、三本爪の竜の手を払い除けた。 だが蒼竜はそれに臆することなく、再び
香彩
(
かさい
)
の顎に手を掛ける。今度は鋭爪の先端だけで、軽く触れるだけのような持ち方に、払うことを断念した
香彩
(
かさい
)
が蒼竜を睨む。 そんな
香彩
(
かさい
)
の様子に蒼竜は、喉奥でくつくつと笑ってみせた。 『流石に気付いていたか。……お前は俺の機嫌を損ねるようなことをした自覚はあるのか』 「……」
香彩
(
かさい
)
は無言だった。 だがその無言が肯定を示していることを、果たして
香彩
(
かさい
)
は自覚しているのだろうか。 何が決定的に自分の機嫌を損ねたのか、蒼竜自身もよく分かっていなかった。ただ
香彩
(
かさい
)
の言動に、その行動に酷く苛立ったのは確かだった。
香彩
(
かさい
)
の身体に纏わり付くのは、
療
(
りょう
)
の気配と
紫雨
(
むらさめ
)
の気配だ。 ただ話をするだけでは、決してそこまで纏うことはない気配。 一体どこで何をしてきたのか。 現に少憩室で
香彩
(
かさい
)
と
療
(
りょう
)
は、互いの腕を掴んでいた。 分かっているのだ。
寧
(
ねい
)
からも話を聞いている。
療
(
りょう
)
の様子がおかしかったと。だから
香彩
(
かさい
)
が
療
(
りょう
)
を『
視
(
み
)
』ているのだろうと。 だがそれは理性上での理解だと、蒼竜は自覚していた。 おそらく無意識下では、快く思っていないのだ。
香彩
(
かさい
)
が報告をしに、
紫雨
(
むらさめ
)
の元へ行ったことも。
療
(
りょう
)
を
視
(
み
)
ていたことも。 (──
療
(
りょう
)
はいい。だが
紫雨と香彩
(
あいつら
)
は?) (こんなにも
紫雨
(
あいつ
)
の気配を振り撒いて) 何をしていた? 納得し切れない部分が、少しずつ積み重なって、そして
香彩
(
かさい
)
の言葉と僅かな抵抗が起爆剤となって、火の付いてはいけないところに火が付いてしまったのだと、蒼竜は己の内をそう分析する。 「……だけど僕、悪いことなんて何も……」 「ああ、確かに
療
(
りょう
)
のことに関してはお前は悪くない。悪くないが……」 お前の所為なのは、確かだよ。 蒼竜がそう言えば、
香彩
(
かさい
)
の目がきつくなり、蒼竜を睨む。
紫雨
(
むらさめ
)
にとてもよく似たその目。 反抗的なその瞳を、自分はいつ振りに見たのか。 「……だから今すぐ、責任を取れ。かさい」 蒼竜の言葉に
香彩
(
かさい
)
の瞳は、動揺に揺れながらも納得出来ないとばかりに、更に蒼竜を睨み付ける。 ああ、この瞳が自分の所為で潤むところが見たいと、そんな嗜虐心が頭をもたげた。 「……
啼
(
な
)
かせてやる、かさい。
啼
(
な
)
きながらその身に纏わり付いた、
療
(
りょう
)
と
紫雨
(
むらさめ
)
の気配、消してみせろよ」
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結城星乃
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