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第107話 馥郁たる土の香 其の六

『──香彩(かさい)はもう少し蒼竜の御手付(みてつ)きだってこと、自覚した方がいいと思うよオイラは』 「(りょう)……?」  『素でこんなことしてるし』  ぐぅと唸る黄竜を、きょとんとした表情で見ていた香彩(かさい)だったが、その言葉の意味を思い当たる。  真竜の口吻を抱き締める行為は、人形(ひとがた)で言う、頭を抱き締める行為に等しいのだ。 「──っ……!」  少し顔を赤らめながら、香彩(かさい)は黄竜から離れる。 「りょ、(りょう)だって僕の頬に……っ!」 『こうやって口吻と鼻先を擦り付ける行為は、真竜にとって挨拶や様子を伺う行為なんだよ香彩(かさい)』 「──ひゃっ!」  ぐいっと黄竜が口吻を、香彩(かさい)の首筋に擦り付ける。その冷たさに思わず声を上げてしまった香彩(かさい)だ。  そういえば竜紅人(りゅこうと)も蒼竜の時は、頭や頬、口元や首筋に口吻を擦り付けていたことを思い出す。あれは挨拶のようなものだったのだと、香彩(かさい)は今更ながらにそんなことを思った。  そんな香彩(かさい)の様子に、まるで喉を鳴らす様な黄竜の唸り声が聞こえてくる。人でいうところの、くすくす笑うようなものなのだろうか。  やがて。  まったくと、怒り半分呆れ半分といった空気を纏わせた黄竜の声が、香彩(かさい)の頭の中に響いた。 『土の香りがしたから来てみたら香彩(かさい)、土の神気に()られちゃってるんだもん。オイラびっくりしちゃったよ。でもこれで匂いが分かったから、追い掛けられる』  乗って、と黄竜が言う。 『救えるのであれば……救いたいから』 「うん。(りょう)なら、絶対にそう言うと思ってた」    香彩(かさい)が黄竜の背中に回り込む。背に生えた突起物を足掛けにしながら、やがて座りやすい場所へと収まった。   それを確認するな否や黄竜は、竜翼を広げ、その優美な首を空へと向ける。  黄竜が向くその方向は、南だ。  まさかと香彩(かさい)は心内で思った。 (……壌竜(じょうりゅう)が次に向かった神桜って……!)  その通りだと言わんばかりに黄竜は、びょうと、竜翼独特の翼音を出して羽ばたく。  ひとつの羽ばたきだけで、黄竜は人の子を乗せ、夜の闇の広がる大空へと飛び立ったのだ。  

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