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第115話 花盗人 其の七

 香彩(かさい)柏手(かしわで)を打つ。  まるで水面に落ちる水滴が起こす波紋のように、柏手(かしわで)の波動が空間に広がる。  柏手(かしわで)は力を借りる者への挨拶だ。  一度目はこの地に住まう、地精や精霊。  そして二度目は、真竜に力を請うためのもの。  香彩(かさい)のひたむきなまでの深翠の瞳は、肉塊の中にある紅竜の気配を捉えていた。  ぎしっ、と鎖の揺れる音が聞こえたが、もうそれだけだ。動けば動くほど緊縛する鎖は、肉塊をこれでもかというほど締め上げる。  壌竜(じょうりゅう)の抵抗は当然のことだ。  彼にとって紅竜は想い人だ。理由は何にせよ堕ちた自分を、想い人の力を借りて浄火するのだ。自分だったら嫌だと香彩(かさい)は思う。そんな姿を想い人に見せるくらいなら、魔妖(まよう)に堕ちて払われてしまった方が、どれだけまだ救われるだろう。  だが(りょう)は言ったのだ。  ──あの銀狐(ぎんこ)のことを思うのならなおさらだ! 邪念に飲まれて全てを忘れて堕ちるなんて、オイラが赦さない。お前は真竜として……壌竜(じょうりゅう)として罰せられるべきだ。  だから壌竜(じょうりゅう)は還らなければならない。  内の邪念を払い、壌竜(じょうりゅう)として(りょう)の『中』へ還らなければならない。  新たな真竜として再び生まれ、与えられた役目を全うすることが、罪を償うことに繋がるのだから。 「伏して願い奉る! 真竜御名(ごめい)、神桜に宿りし火神(ひのかみ)紅竜よ。皇族黄竜の御名において、紅蓮たるその焔を我の手に与えよ」  香彩(かさい)の手に、熱さの感じない浄焔が宿る。 「神桜の一枝に宿りし、火神(ひのかみ)紅竜よ!」  その焔は香彩(かさい)の腕にまで広がり、紅竜の神気と術力とが混ざって光を伴い、燃えさかる。  そして焔は竜の形となり、土神(つちかみ)とそして銀狐を包み込んだ。  少女のすすり泣く声を、(りょう)は焔の中で聞いたのだろうか。  泣かないで、と。  みんな還すから泣かないで、と。  そう言った(りょう)の声に応える様に、聞こえてくるのは、涙に濡れたような竜の咆哮だ。    浄化の焔の中で、ゆらり、ゆらりと揺らぐ、大きな影が見えた。  その御身は他の真竜に比べると、どこか身体の線が柔らかく優美に見える。  紅竜が顕現していた。  紅竜は 何も言わず、ただ悲しみを湛えた瞳をしていた。そして手の中にあるほのかなふたつの光を、(りょう)とそして香彩(かさい)に差し出した。  それは土神(つちかみ)銀狐(ぎんこ)の『(こん)』の『光』だった。  香彩(かさい)は無言のまま、銀狐の『(こん)』を受け取った。優しく『光』を撫でてから、天へ還る為の『力ある言葉』を唱えようとしたその時だ。  くゎいくゎい、と。  妖狐特有の鳴き声が『光』から聞こえた気がした。  『光』がその形を変える。  それは『光』に包まれた子狐の姿だった。    

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