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第132話 幽閉 其の三

「──っ!」  紫雨(むらさめ)の息を詰める様子が伝わる。  蒼竜の封じられまいとする咆哮が、御手付(みてつ)きを呼び寄せようとする咆哮が、やがて新たに張られた結界に(ひび)を入れたのだ。  その乾いた音を聞いて、香彩(かさい)はまるで冷水を浴びせられたかの様に、はっと我に返る。  駄目だと己を律する心と、蒼竜の咆哮によって(もたら)される蒼竜を求める心。そのふたつが(せめ)ぎ合い、やがて全て四散してしまいそうだった。心と身体の繋がりが、ぷつりと切れてしまった様な、奇妙な感覚を香彩(かさい)は感じ取る。  心はどんなに色んなことを思い、考えていても、この力の抜けてしまった身体は、蒼竜の発情の匂いによって、受け入る準備が出来てしまっている。  香彩(かさい)は乾いた笑みを浮かべた。  蒼竜(あなた)の為に濡れそぼつこの身体で、蒼竜(あなた)以外の人を受け入れるのだ。  そんなことを思いながら香彩(かさい)は、ゆっくりと立ち上がろうとした。紫雨(むらさめ)の横に立ち、結界を作る術力を補おうとしたのだ。  だが。  なりません、と何処からか声が聞こえた気がした。  どこかで聞いたことのあるような、懐かしい声だと思ったが、香彩(かさい)には心当たりがない。  だがその声は紫雨(むらさめ)や黄竜にも届いたのだろう。ふたりの視線が一斉に香彩(かさい)を向いた。  立ち上がったのはいいが、自分が思っている以上に力の入らない身体に、香彩(かさい)は戸惑う。  蒼竜の咆哮と発情の気配の根本は、紫雨(むらさめ)が新たに張り直した結界の向こう側にあるというのに。  先程よりも身体が熱い気がする。  熱っぽく荒い吐息を、色付いた唇から洩らしながら、香彩(かさい)は何とかその一歩を踏み出そうとした。  再び硝子に(ひび)が入った様な、乾いた音がする。先程結界に入った(ひび)が、広がりを見せていた。  このまま結界が破られてしまえば、蒼竜は再び香彩(かさい)の元へ向かうだろう。それを力ずくで止めるのは、(りょう)なのだ。 (……ふたりのそんな姿)  出来たらもう見たくない。  だが香彩(かさい)の踏み出した足は、地に付いた途端くにゃりと曲がった様に思えた。地面がまるでとても柔らかい物に、変わってしまったのではないかと思えるほど、地面を踏ん張ることが出来なかったのだ。 「──っ!」  後ろへ倒れそうになる香彩(かさい)の身体を支えたのは、伏せの体勢から立ち上がった白虎だった。  ふわりとした毛並みを感じたが、立っていられなくなった身体は、ずるりと落ちていく。  だがそんな香彩(かさい)を力強く引き寄せる、逞しい腕があった。 「……目を離すと直ぐにこれだ。少しは大人しく、いい子にして待っていて欲しいものだな、香彩(かさい)」  

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