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第133話 幽閉 其の四

 紫雨(むらさめ)の低く艶やかな声を耳に吹き込まれて、びくりと香彩(かさい)が身体を震わせる。引き寄せられた香彩(かさい)の身体は、気付けば再び軽々と横抱きにされていた。  成長してそれなりに身長も伸び、体重もあるというのに、体格の良い紫雨(むらさめ)にとっては、きっと些細なものなのだろう。どこか意に満たないものを感じながら、香彩(かさい)は再び熱っぽい息をつく。 「……結界……を」  吐息混じりにそう言う香彩(かさい)に、紫雨(むらさめ)は納得したかのように、ああ、と呟く。そして何やら面白いものを見たと言いたげに、喉奥でくつくつと笑うのだ。 「術力(えさ)が足りぬだろうと思ってはいたが、黄竜は俺の術力(えさ)に貪欲なことよ。余程俺に飢えていると見える」  紫雨(むらさめ)はそう言いながら、門上に伏せる黄竜を見上げる。竜形となった(りょう)に表情の変化は見られない。無言のままじっと紫雨(むらさめ)を見つめる紫水晶の目は、一体何を思うのだろう。 「香彩(かさい)、有難い申し出だが、お前の術力を借りることは出来ない。──そうだろう? (りょう)」  (りょう)、と呼び掛けられた黄竜は、小さく唸り声を上げた(のち)、うん、と思念で(いら)えを返した。 『香彩(かさい)の術力で結界作っちゃったら、それこそ竜ちゃんの思う壺、なんだよね』 「……?」  分からない。  術力が足りなければ足して、結界を強化すればいいだけの話ではないのか。  身体の熱に翻弄されながらも香彩(かさい)は思う。  そんな不服に思う心内が、表情に現れていたのだろうか。黄竜は思念で、くすくすと笑った。 『……竜の聲、って言ったら、もう分かるよね?』 「──……あ……」  少し間を置いて、思わず香彩(かさい)は言葉を洩らした。  紫雨(むらさめ)の作った結界を強化することは、とても簡単だ。  だが術者そのものが、幽閉者の傀儡だとしたら。  御手付(みてつ)きにとって、竜の聲は絶対だ。  竜紅人(りゅこうと)に、そして蒼竜に竜の聲を使われて、逆らえたことなど今までに一度もない。  どんなに心内で駄目だと思っていても、蒼竜が竜の聲でたった一言、解けと言われてしまったら、香彩(かさい)は結界を解くだろう。  では果たしてどうすればいいのか。  そんな気持ちを抱えたまま、不安げに揺れる深翠の目は、真っ直ぐに黄竜の紫闇を捉える。  黄竜は再び小さく唸り声を上げると、軽く竜体を震わせた。  ふわりと薄金の霧の様なものが、辺りに舞い漂う。  黄竜の神気だ。  それはやがて蒼竜屋敷全体を覆い尽くす程にまで、広がりを見せていた。 『要は()()でなければいい』

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